コラム

「ポストコロナ」のイノベーション④: 医療崩壊を「遠隔ICU」によって防ぐ

2020年5月18日(月)

社会課題2 リアルな現場における人手不足を解決する
社会課題3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?(ITの新たな活用方法を提示すること)


ICUの機能不全が医療崩壊を招く

「新型コロナウイルス感染者が増えて何が困るのか。それは『医療崩壊』が起きるからである。イタリア、スペイン、米国ニューヨーク州など医療崩壊が発生した地域の教訓に日本は学ばなければならない。」

こういった論調で「医療崩壊」がバズワードになりました。ところが、医療崩壊という言葉には、はっきりした定義がなく、人によって意味するところが違うようです。コロナによる医療崩壊は、重症患者が集中治療室(ICU)を占拠して起きる設備キャパ不足、医療関係者の感染による人的キャパ不足がメインで起きています。

コロナ感染症によるキャパ不足によって、交通事故、心筋梗塞、脳梗塞、透析、がんなどの重篤な患者が治療を受けられなくなります。医療は急性期、回復期、慢性期に分けられますが、急性期患者を診るICUがパンパンになると、すべての段階で玉突きのように悪影響が広がるのはコロナで経験済みです。

医療崩壊を招く様々な火種

ただ、医療崩壊はコロナで初めて起こった問題でなく、以前から医療崩壊につながる様々な火種がありました。ざっと挙げるだけでもたくさんあります。

大学病院における外科医の不足 小児科医、産婦人科医の不足
過疎地の医師不足
全国的な看護師の不足
病院のベッド、CTの数は国際比較すると多いのにICUが少ないこと
救急車の「たらい回し」


こういった要因はコロナ一色の今でも続いており、多くは人材不足の問題であることが分かります。特に、重症患者が運び込まれるICUでは、医師の頭数が揃えば良いのではなく、専門的なトレーニングを受けた医師が一定数必要です。ただ、自分の専門分野の勉強に忙しい一般の医師たちは、ICUの専門的な訓練を別途受けるのは難しいのが現状です。日本では約7割の病院にICU専門医がおらず、しかも大都市に偏在しています。ここにも医療の地域格差があります。

ITによって遠隔でICUの専門スキルを補う

遠隔ICUのスキーム図(出典 T-ICUホームページ)

ITによってICUにおける人材不足解決を目指しているのが株式会社T-ICUです。*1)同社社長の中西智之氏は救急・集中医療の専門医です。中規模病院で集中医療専門医が足りない現状を見た彼は、米国で普及している「遠隔集中医療」(遠隔ICU)提供のために起業しました。米国ではテレワークならぬ「Tele ICU」と呼ばれています。

遠隔ICUは、ICUの専門知識や経験がない医師や看護師に対して、専門医が遠隔から24時間アドバイスを行うシステムです。現場から離れた場所にいる専門医は、心電図、モニター、カルテを共有し、的確な診療アドバイスができます。中西さんによると、T-ICUのサポートによって病院は専門人材の不足を補い、コストを削減できます。また、患者は安心して治療を受けることができる。遠隔ICUの世界市場は約4兆円。米国ではICUの約20%が遠隔ICUを導入しており、患者死亡率が11.7%減少、患者のICU滞在日数が0.63日減少というデータがあります。*2)

現在、T-ICUには33名の協力医師と11名の協力看護師が登録されていますが(2020年5月、同社HPより)、事業拡大には人員の質量の拡充がキーです。そこで、同社はICU専門人材の教育事業も並行して行っています。また、病院へのアドバイスだけでなく、航空会社に対して搭乗前の体調不良乗客の電話相談も実施しています。

日本にも元々僻地、離島が対象にしたオンラインの遠隔診療が存在します。ただ、遠隔診療への報酬は安く、病院にとって投資するインセンティブが乏しい。また、現状、遠隔ICUは医療行為として認められておらず、何とクリニックが業務として行うことができません。医師である中西さんが、わざわざベンチャーを立ち上げた理由がこれです。

コロナ問題で散々悩まされた「厚労省リスク」がここでも絡みます。しかし、医療崩壊の根本要因となるICUの状況は放置できるものではありません。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1)T-ICUホームページ:
https://www.t-icu.co.jp

(*2)Journal of Intensive Care Medicine. 2017; 1-11: 1-10 DOI: 10.1177/0885066617726942:


中西さんインタビュー動画:
残間光太郎の”闘うものの歌が聴こえるか”<イノベータ応援>Youtubeチャネル「テイクアウトをスマートに楽しく”PICKS"のご紹介『株式会社T-ICU 代表取締役社長/医師 中西 智之』」@note
https://t.co/E9knS7lkGc

  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者