コラム

「ポストコロナ」のイノベーション⑥: 「世の不満」をバイアスなく集めて可視化する

2020年6月12日(金)

社会課題3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?(3. ITの新たな活用方法を提示すること)
社会課題4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?(4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること)


本コラムで繰り返しているように、成功する新規事業では解決するべき社会課題の設定が大事です。ところが、「課題設定」と口で言うのは簡単で、刻々状況が変化するなかで最適な課題を見つけるのは至難の業です。

マスクバブルに翻弄される企業

ヤフー検索によると、今年1月後半には早くも「マスク 品切れ」という検索が上位に来ています。平常時は国内流通マスクの約8割が中国からの輸入で賄われており、それまであまり知られていなかった中国バリューチェーン・リスクが露呈されました。

政府は4月1日に「アベノマスク」配布を発表して、良くも悪くも注目されましたが、それだけで手をこまねいていたわけではありません。「マスク等生産設備導入支援事業費補助金」によって、国産マスクの大増産を促しました。既に月間約1億7,000万枚の生産能力が確保されています。*1)

マスクが店頭からなくなり連日人々が行列し、医療機関もマスク不足に苦しみましたが、5月になると急速に平常化します。4月ピーク時に一枚80円近くに高騰していたのが、6月上旬には、最安値一枚12円まで下がりました。*2) アベノマスクによってマスク価格が下がったと思っている人が多いですが、補助金効果の方が大きいことは明らかです。

ただ、マスク生産業者にとっては嬉しくない状況です。補助金によって作った在庫はすべて政府が買い取ってくれるものの、今後感染者が減り、治療薬やワクチン開発されれば、マスクは儲からない商品に逆戻りです。せっかく作った生産設備がお荷物になりますが、その頃には設備償却が終わっているから大丈夫という考えもあるでしょう。

マスクより複雑な外食やエンタメ

それでも、マスクの受給予想はそれほど複雑ではありません。しかし、現在クリティカルな状況にある外食やエンターテイメント業界などでは、何が課題か予測するのは実に困難です。

① 顧客が許容できる「密状態」とは?
② 従業員やタレントが許容できる「密状態」とは?
③ 業者が収支を均衡できる「密状態」とは?
④ 政府や自治体がオーケーと言ってくれる「密状態」とは?
などの複雑な連立方程式を解かねばならず、しかも前提条件が刻々と変わります。しかし、しょうがないから「エイヤー」で決めているのが現状です。

このエイヤーの複雑系に対して、データに基づき動的かつ実践的に挑んでいるのが株式会社Insight Tech *3) の伊藤友博社長です。

データによって哲学や感性を補完する

Insight Techによる不満データ分析の仕組み(出典:同社ホームページ)

同社HPでは「最先端の文章解析AIと世界唯一のデータを企業の課題解決に活かす」と説明されていますが、同社技術は「課題設定」にも大きな威力を発揮するはずです。現在企業の「これを解決したい」という問いにAIが解決策を示してくれます。課題が決まれば、解決策を見つけるのは人間よりAIの方が優れています。「課題解決」能力はAIのおかげでコモディティになったと言えます。

しかし、AIはユニークな課題設定などできません。何故なら、課題設定には「哲学」や「感性」が必要だからです。データさえあればスラスラと回答が分かるわけではなく、人の哲学や感性などデータを越えた知性に頼るしかない。しかし、データ社会なので、データを使って何とかならないか?そこで、Insight Techの分析手法を使えば、データによって哲学や感性を補完できるわけです。

伊藤さんは「Voice driven innovation」という言葉を使っています。

同社は、取引先企業が保有する「顧客の声」「営業週報」「特許・論文」「レビューデータ」といったテキストデータを解析し、課題の解決をサポートしています。また、「不満買取センター」という消費者の不満を収集する仕組みを使って、マーケティングや商品開発につなげています。

「意見タグ」「可視化」「感情分類」という三種類のAIを使い、アンケート調査と違ってバイアスがかからない意見や感情を集約して、可視化するわけです。様々な意見をきめ細かくクラスター化することもできます。コロナへの不満、外出自粛への不満など時系列で変わりやすい課題もチェックできます。

企業活用の一例として、LIONのオーラルケア事業があります。顧客は「口臭への不満」を解消したいと思っています。従来設定されていた課題は「口臭のケア」だったが、不満買取センターによって「口臭のチェック」が真の課題であるという結論に達しました。そこで、LIONは口臭チェックアプリを開発しました。

データは広くバイアスが少ないものが求められますが、テキスト投稿の質も重要です。そこで、投稿をAIで査定して、ポイントが高いとアマゾンのギフトカードと交換するなどのベネフィットを与える仕組みも導入されています。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1)M&A Online「マスク不足「完全解消」へ! 東京都心のコンビニでも在庫豊富に」:
https://maonline.jp/articles/elimination_mask_shortage200602

(*2)在庫速報.com:
https://zaikosokuho.com/mask/stats

(*3)株式会社Insight Techホームページ:
https://insight-tech.co.jp/index.html

伊藤さんインタビュー動画:
残間光太郎の”闘うものの歌が聴こえるか”<イノベータ応援>Youtubeチャネル『株式会社Insight Tech 代表取締役社長 伊藤友博』@note
https://note.com/kotarozamma/n/n575764a66ac6s

  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者