コラム

「ポストコロナ」のイノベーション⑧: 新たなコミュニケーションを可能にするAIとは

2020年7月7日(火)

社会課題3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?(3. ITの新たな活用方法を提示すること)
社会課題4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?(4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること)
今年上半期ほど「コミュニケーション」について考えさせられた機会はありません。従来まで普通に会っていた人たちとの面会ができなくなり、テレワークなどのWeb会議にここまで依存するとは、多くの人にとって思いもよらないことでした。Web会議ビジネスへの追い風は強烈で、Zoomの今年第1四半期の売上は昨年同期比の3倍になりました。

コロナ以前に指摘されたテレワーク本来の意義は、①人が集まるための時間やコストの削減、②子育て・介護と仕事との両立、③大都市過剰集中の緩和、④多様な働きを可能にすることなどでした。それが、突然降って湧いたコロナによる面会禁止・行動自粛によって、テレワーク事業がバブル化した。Zoomにとって現状は笑いが止まりませんが、変化はそれでは終わらない。仕事でのコミュニケーション方法が変わりつつあります。

では、どうのように変わっているのか。

Webとリアルが交じった三種類のコミュニケーション

一口で「会議」(打ち合わせ、ミーティングも同様)と言っても目的は様々です。毎日何度もWeb会議を行なっていると違いに敏感になり、会議は三種類に分けられると気づきました。

① Webのみで機能する会議
② リアルに会わないと機能しない会議
③ 二つの中間に位置する会議

まず、①のWebのみで機能する会議とは、情報伝達、意思確認、出席すること自体、定足数を満たすことなどが目的で、はっきり言ってWebだけで十分です。わざわざ集まる必要性が乏しい。少数の人だけが発言して、他の人は大人しく拝聴している御前会議や◯×定例会議はその最たるものです。

これと対照的に、②のリアルに会わないと機能しない会議も少なくありません。例えば、人を説得する場合、微妙なコミュニケーション技術が求められます。ちょっとした表情や語尾の変化が相手に猜疑心を与える。また、よく知らない相手を信頼できるか見極めるには、リアルに会って人となりを確認しなければならない。「ATM審査」でお金を貸す消費者金融を除けば、会ったこともない人にお金など貸さないものです。

曖昧な中間地帯にこそビジネスチャンスあり

問題は両者の中間にある③です。これには色々なものがあり、しかも①、②との境界線が刻々と変化している。「以前はリアルで会うべきだと思っていた会議が、やってみるとWebだけで十分だった」という気づきがあり、その逆のケースもある。

私個人の話をすると、外出自粛期間中、政府プロジェクトに応募することになり、所属がバラバラで忙しい人たちを急遽10人以上も集める必要が生じました。しかも、そのうち半数の人は会ったこともありません。リアル会議が当たり前の時期なら、最初の顔合わせは一ヶ月以上先になったと思われます。ところが、Zoomを使って、翌週には初回ミーティングを行い、その後一週間で5回も打ち合わせができました。忙しい人にとって、「30分の空き時間」に外出することはハードルが高いが、Webなら結構対応できます。コロナが終息した後も、この方法は変えないつもりです。

それはさておき、何らかのツールを使って中間地帯の幅を広げて新たなコミュニケーションを可能にすれば、大きなビジネスチャンスにつながります。そこでは論理よりも「感情」が物を言います。何故なら、「相手に会って話さないと信用できない」というのは専ら感情に根差しているからです。

個別化された対話型AIでコミュニケーションを補強する(emotivE)

出典:株式会社emotivEホームページ

AIを使ってこの課題解決を目指しているのが株式会社emotivEの結束(けっそく)雅雪社長です。同社は大量のデータから「画一的」な解ではなく「個別化された」解を導く「対話型AI」に特化しているところに特徴があります。

AIによってできることは、「画像認識」「音声認識」「言語解析」「機械制御」「推論」ですが、自動運転などにつながる画像認識AIに現状大きな資金が流れています。結束社長はこの流れと一線を画しており、彼にとって「記号計算と確率計算を最適化して対話型AIをやる」ことが起業動機で、ここにエネルギーを集中させています。

対話型AIはどんな場所で使われているか。例えば、ソフトバンク『ペッパー』などのチャットボット(チャットができるロボット)に使われていますが、紋切り型で配慮が足りないKY回答をすることが多く、「やはり機械ではダメだな」と思ってしまう。自律的に人間の感情を学習するAIもあるようですが、人と同じような会話ができるチャットボットは中々見当たりません。人によって感じ方は様々なので、「画一化」された対話などなく、相手が人でも機械でも、こっちの感情が「個別に」理解されないと満足できません。

相手の気持ちを読む二層型のAI

emotivEのAIは、この難しい課題を、「表面的な会話以外の情報を集め、相手によって対応方法を選ぶ」という仕組みで解決しています。例えば、会話中に「鮭」という言葉が出れば、「皿に乗った魚」という情報以外に、「ピンクの身」「黒い皮」を即座に連想します。そして、他の情報も合わせて相手への応答方法を変えます。「知識スキーマ」と「応答スキーマ」が同時並行的に働くわけです。

同社のAIには下記の特徴があります。
① AIの性格設定が可能。対話中に様々な演出をすることもできる。
② 対話の相手を区別でき、相手に応じた対応が可能
③ 認識(=感情/欲求/経験/暗黙知)・推測・短期/長期記憶を使った高度な対応が可能
④ 時間・場所に応じた対応が可能

会議(対話)をWebで行うか、リアルで行うか、境界線は人によって違う。ビジネスチャンスがあると言っても、教科書やマニュアルは存在しません。AIをツールに使うなら、どうやって人同士の自然な会話に近づけ相手の共感を得るかが課題です。また、結束さんによると、対話型AIによって検索や広告の市場も変わる可能性があります。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


株式会社emotivEホームページ:
  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者