コラム

ポストコロナのイノベ22: SDGsの評価をデータによって「見える化」する

2021年4月4日(日)

ポストコロナの社会課題:3. ITの新たな活用方法を提示すること
ポストコロナの社会課題:3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?
コロナによって重要性が増した非財務情報

新型コロナウイルスは「意外な」形で世界の企業経営を直撃しました。「意外」という理由は、パンデミックという「非財務」イベントが短期間で深刻な状況を生んだことです。通常、企業を短期間で追い詰めるのは、売上の減少や不良債権の増加などの「財務」イベントです。本来、中・長期要因の非財務イベントが多くの企業に短期的なインパクトを与えたことが意外でした。

任期切れが迫っている社長にとって今年・来年の業績が大事で、効果が出るまで時間がかかる非財務イベントを(本音では)重要でないと考えるケースが少なくありません。しかし、新型コロナがその常識を破壊しました。

財務情報と非財務情報が併用される企業評価

企業経営は「財務情報」と「非財務情報」の二つを使って分析されます。財務情報はバランスシート、損益計算書、キャッシュフロー計算書などの財務諸表上のデータを差し、国際的にも標準化されたフォーマットがあります。したがって、国籍、規模、業種を超えた企業の比較分析が可能です。

一方、非財務情報は主に下記のふたつに分けられます。(*1)

① 自然資本に関するもの: 環境、気候変動、エネルギー、廃棄物、生物多様性、水資源など
② 社会・人的資本に関するもの: ダイバーシティ、健康経営、働き方改革、コミュニティ、コンプライアンス、人権、雇用など

主な非財務情報(出典: PWC(2020)「非財務情報のマネジメント:先進事例から紐解く 企業価値創造に向けた取り組み」)

SDGs(国連の持続可能な開発目標)やESG投資(環境、社会、ガバナンスを考慮した投資)の構成項目は非財務情報と重なる部分が多いことが分かります。過去、企業分析において非財務情報はあまり重視されませんでしたが、近年著しく重要性が高まっています。しかし、非財務情報を国際的に比較分析できるフォーマットはまだ確立されていません。

「何となく分析されている」感が強いSDGs

財務情報は企業の「近未来」を映す鏡です。その企業が健全なのか、倒産のリスクがあるかが分かる「短期の物差し」とも言えます。これに対して、気候変動やSDGsへの取り組みなどの非財務情報は、翌年の企業業績にまず影響を与えません。これらは、企業のブランドやステークホルダーからの共感をじっくり形成する「中・長期の物差し」です。

長い歴史とグローバルな基準がある財務情報と違って非財務情報は歴史が浅く、元々数字で表されていなかった情報を数値化しています。したがって、非財務情報は、財務情報と比べて「こなれていない」部分があります。どうしても、「結局鉛筆舐め舐めして決めているな」という印象を持たれることが多い。

非財務情報の代表格であるSDGsは国連が打ち出した概念ですが、最も熱心に取り組んでいるのが日本企業と言われています。東京丸の内は、レインボーの丸バッジをスーツの胸元に着けた中高年男性で溢れています。また、企業HPにカラフルなSDGsマークを貼ることが大流行です。SDGsのコンサルタントはかなり儲かっているようですが、果たしてこんなことで世界の持続可能性向上に役立っているのかと疑問に思うのは私だけでないでしょう。

経営者と投資家: 非財務情報の国際標準作りを待っていられない

ただ、非財務情報分析の国際標準を作る動きは進んでいます。しかし、ざっと見渡しても、SASB、GRI、CDP、CDSB、TCFDなど「物差し候補」が乱立しています。(*2)法律、会計などの国際基準つくりでは、歴史的に米国、欧州、日本の主導権争いが必ず起きて来ました。今回も例外でないので、国際的な物差し作りの話し合いにはまだ時間がかかるでしょう。

一方、気候変動、SDGs、ダイバーシティなどの非財務情報を重視する経営者や投資家は、国際ルール形成を悠長に待っていられません。しかし、物差しがないと、「我が社は良いことをやっているけど、果たして費用対効果はどうなのか」という迷いを払拭できません。ESG投資家も現状では疑心暗鬼になることが多いでしょう。

データによってSDGs評価を「見える化」する(サステナブル・ラボ株式会社)

SDGsをターゲットにして、この課題に取り組んでいるのが、サステナブル・ラボ株式会社です。彼らは「見える化をサステナブルに」という興味深いビジョンを掲げています。

サステナブル・ラボは「SDGs達成度」「SDGs推進度」を示すデータを集め、AIで企業、地方自治体をスコア化しています。具体的には、企業や自治体の報告書やレポート、HP情報、株式市場情報、官公庁統計、地理情報、各種オンラインメディアのデータなどから適時、情報を抽出し、時にはインタビュー調査を加えます。このプロセスによって、例えば、ある企業のCO2排出量や女性役員の割合と、株価との関係を見える化できるよう取り組んでいます。

ESG投資の評価モデルは、世の中数多く存在します。ただ、主に財務情報をパラメーター(変数)にしたモデルが多く、ガバナンスやCO2の排出量以外の非財務情報は殆ど組み込まれていません。

同社の平瀬錬司社長によると、非財務情報を「一意に」評価する手法は、世界的にも存在しません。リアルタイムのビッグデータ評価手法は、学識、実務的ともに知見が確立されていません。特に、SDGsの有力な評価モデルがないところにサステナブル・ラボのビジネスチャンスがあります。

上場企業と都道府県をSDGs基準でランキングする

最近サステナブル・ラボがリリースした「テラスト(β)」というデータベースはなかなか興味深いです。これは上場企業2000社と47都道府県を様々な非財務情報でスコア化し、ランキングを表示しています。

企業と都道県のSDGsランキングを付ける(出典: サステナブル・ラボHP)

企業で、「環境」、「社会」、「ガバナンス」、「SDGs」といった主要テーマでトップにランキングされているのは、トヨタ自動車、イオン、SOMPOホールディングス、NTTなどで、他の上位ランカーと同様、大企業が顔を並べています。ただ、SDGsの上位に「地味で意外な」顔触れも見られます。8位のラクーンホールディングス(B to BのEC企業)、11位のタキヒョー(繊維商社)、16位のビューティガレージ(Eコマース)、17位のSRSホールディングス(飲食店)ですが、何せ2000社中のトップ20位以内なので、極めて高い評価を受けています。

平瀬社長によると、これら意外な顔触れの企業が上位に来るのは、業種や「環境」「SDGs」などのテーマによって、パラメーターと数年後の業績予想の関係が異なるという前提で評価されているからです。ESG投資など財務情報を使った予想モデルでは、変数を見れば結果は感覚的に予測できます。ただ、非財務情報を組み込んだ同社モデルでは、はじき出される数字と感覚的な予測が異なるようです。

一方、都道府県の評価では、SDGsと関連する「みんなで支えるまち」「食べ物が豊かなまち」などのカテゴリー毎にランキングされています。印象的なのは、「みんなが学ぶまち」のトップに福井県、「女性に優しいまち」のトップに徳島県、「水がきれいなまち」のトップに東京都、「安全安心なまち」のトップに秋田県が並んでいることです。また、全17カテゴリーのうち7つのトップに東京都がランキングされています。地方自治の個性は都道府県よりも市町村に表れることが多いので、市町村がどのように評価されるかが興味深いです。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1) PWC(2020)「非財務情報のマネジメント:先進事例から紐解く 企業価値創造に向けた取り組み」:

(*2)KPMG「COVID-19が加速させる非財務情報報告を巡る世界の動き」:

(*3)サステナブル・ラボHP:
  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者