コラム

ポストコロナのイノベーション24: ハイブリッド方式で有機食品を実用化する

2021年4月17日(土)

ポストコロナの社会課題2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
ポストコロナの社会課題2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?
食品スーパーの活況と食品の質へのこだわり

コロナ禍で世間に色々な変化が起きましたが、印象的な光景がスーパーマーケットの食品コーナーの活況です。営業制限によって外食からスーパーに顧客が移動しましたが、同じ食品販売でもコンビニは低調でした。特に都心の店舗は苦戦しています。昨年、スーパーの食料品販売は前年比18%も増加したのに、コンビニの食料品販売は5.8%減少しました。百貨店に至っては16.1%も減少し、スーパーと対照的です。(*1)

この傾向はコロナ禍で都心への出勤や外食をする人が減少し、郊外の家庭で料理する人が増えるというライフスタイルの変化につながります。変化が続くと、消費者が求める付加価値が外食の便利さから食材の質に移ると思われます。

なかなか伸びない有機食品市場

食材の質は栄養価、味、安全性などで構成され、これらを比較的備えているのが有機食品です。日本の有機食品は一見すると成長市場です。2017年の市場規模は1,850億円で、2009年からの8年間で年率4.5%成長しました。しかし、成長率が高いのは単にパイが小さいからと言えます。また、他の先進国と比較すると日本の有機食品市場は小さく、世界最大である米国のわずか3.5%です。ひとりあたりの消費額はスイスの3.5%に過ぎません。(*2) 「日本の食品は安全・安心」というイメージが国内では強いですが、有機食品の普及に限るとその認識は間違っています。

(出典:農林水産省(2020)「食品産業動態調査」)

生産者に対して行ったアンケート調査によると、日本で有機食品の生産が伸びない主な理由は下記です。(*2)

* 労力がかかるため
* 収量や品質が不安定なため
* 資材コストがかかるため
* 期待している販売価格水準となっていないため
* 販路の確保が困難であるため

(出典:農林水産省(2020)「食品産業動態調査」)

これらの背景には日本のオフィシャルな有機制度であるJAS認定が使いづらくて維持費が高く、農家から相手にされていないことがあります。また、有機農法は雑草や虫を排除するためにタネの密集植えができず、日本の環境に向いていません。さらに、農薬や化学肥料を使う無機農法を有機に転用すると、二年間は「毒抜き」のため土地を休ませねばなりません。

これだけコスト高要因があると、有機野菜の価格は高くなります。ところが、農薬を使っているのに「日本の野菜は安全」と信じている消費者はわざわざ高い野菜を買いません。一方、自国農業を信用していない米国や中国の富裕層は、高くても敢えて有機野菜を買うという状況です。

魚の養殖+植物工場のハイブリッドで有機食品を実用化する(株式会社プラントフォーム)

生産コストが高く販路を確保できない有機食品の課題を、ハイブリッド方式で解決しているのが株式会社プラントフォーム(*3)です。同社の「アクアポニックス」は魚の養殖と有機野菜の生産を組み合わせて、コスト削減しながら付加価値が高い食品を生産するシステムです。アクアポニックスは米国発の技術で、次のプロセスを循環させています。

① 水槽で魚を養殖する
② 魚の排泄物を水槽中のバクテリアが分解して植物の栄養素を作る
③ 分解された有機栄養素を植物工場で使う
④ 植物によって栄養素がろ過された水を魚の水槽に戻す

アクアポニックスの循環プロセス(出典:プラントフォームHP)

有機農法では、肥料の収集コストや廃棄物による環境負荷が問題になることが多いです。アクアポニックスは魚の養殖と植物工場の二段階で出る廃棄物を再利用し、水を捨てずに循環させる閉鎖型システムです。これなら廃棄物処理の問題がなく、農薬や化学肥料も使用されません。こアクアポニックスで作られる野菜は米国のオーガニック認証(USDA)に適応しています。

プラントフォーム社長の山本祐二さんは以前、新潟でデータセンターのビジネスに携わっていましたが、サーバーの余熱を活用できないか様々な方法を探すうちに、アクアポニックスに出会いました。

食品の生産コストを削減するための複合的な方法

同社は、下記の複合的な方法によって食品の生産コスト削減を目指しています。単純に有機野菜を作るだけではコストが合わないので、様々な方法を組み合わされます。

① 土壌栽培に比べて栽培期間を1/2にする
② 液肥栽培に比べて生産性を2.6倍に上げる
③ LED型の植物工場と比べて初期コストを1/4、ランニングコストを1/10にする
④ IoTによって熟練労働者を減らす
⑤ 付加価値が高い生産物を作る(イチゴ、ワサビ、チョウザメ、エビ、錦鯉など)
⑥ 雪でデータセンターを冷やす際の余熱を使う(長岡の直営プラントの場合)

食品生産コストの削減方法(出典:プラントフォームHP)

植物工場は農地が狭い日本で長年注目されて来ました。しかし、有機農法と同様、コストが合わず現状では普及していません。アクアポニックスは、ビル、発電所、各種施設において生産ができ、場所の付加価値を高めることができます。食品販売で利益を出すには大規模化が必要ですが、現状はSDGsの観点から小規模でトライしている企業が多いようです。ただ、今後、有機農業と植物工場の長年の課題が解決できれば、日本の農業を変えるきっかけになります。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1) 農林水産省(2020)「食品産業動態調査」:

(*2)農林水産省(2020)「有機農業をめぐる事情」:

(*3)株式会社プラントフォームHP:

  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者