コラム

ポストコロナのイノベーション25: 自動化によって120兆円の部品調達市場を変革する

2021年4月25日(日)

ポストコロナの社会課題: 3. ITの新たな活用方法を提示すること
ポストコロナの社会課題: 3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?
コロナ禍によって打撃を受けた製造業

コロナ禍は旅行、外食、イベントなどのサービス業に甚大な打撃を与えましたが、製造業も深い傷を負いました。日銀短観(全国企業短期経済観測調査)のD.I.(ディフュージョン・インデックス。企業の業況感などを指数化したもの)を見ると、製造業は大手から中小にわたって2020年3月から9月は最悪の状態でした。年末は多少良くなりましたが、先行き暗いと考えている企業が依然大半です。(*1) 数字を見ると、現状はリーマンショック以来の悪さです。

リーマンショックでは銀行、保険といった金融業が崩壊の危機に立たされ、それが製造業の資金不足につながりました。連鎖的に消費への悪影響もありましたが、観光や外食などは今回のような打撃は受けませんでした。価格や質に納得すれば、消費者は一定の買い物をしたからです。一方、「コロナショック」は構造が異なります。外出自粛がサービス業をまず直撃し、所得・消費の減少が製造業に波及しています。昨年春はこのプロセスで世界経済が崩壊するという「オカルト予測」さえありました。

意外にしぶとい製造業とトヨタの営業黒字

ただ、現実の世界経済は崩壊しておらず、意外にしぶといことが分かります。IMF(国際通貨基金)の最新予測(*2)によると、2020年の世界GDPは前年比-3.5%ですが、2021年は+5.5%と早くもプラスに転じます。昨年初の2020年予測は遥かに悲観的でした。予測が外れたのは、先進国のコロナ対策財政支出が思った以上に巨額だったためと思われます。

製造業の代表であるトヨタ自動車の場合、2020年4月〜12月の営業利益は前年同期より26.1%減りましたが、それでも1兆5,000億円を稼ぎました。また、販売台数は11.4%の減少で収まっています。2000年5月から6月にかけて国内生産台数を約半分に絞ったことを考えると、予想外の健闘と言えます。

昨年、「トヨタでさえ赤字になる」というオカルト予測を立てた人は製造業の現状を見誤ったようです。コロナ禍で人同士の接触が極端に減ることは生産にとってマイナスですが、ITがバリューチェーンの隅々まで浸透しており、人の接触減少を補えることが再認識されました。歴史学者のユヴァル・ハラリ氏によると、「コレラやスペイン風邪流行の時は、狭い空間に人が集まる工場や貿易がパンデミックの元凶だった。しかし、21世紀において人類はパンデミックへの耐性を高めた」ことになります。

ただ、営業黒字はバリューチェーンの隅々まで効率化しているトヨタだから可能で、他の自動車メーカーや下請け企業では事情が異なります。また、産業機械や医療機器など多品種少量生産の業界は効率化が難しい。さらに、中国への依存を下げなければならない課題もあり、製造業はこれから変わります。現状維持で何とかなるという状況ではない。

最適部品発注によってピラミッド構造をフラットにする(株式会社キャディ)

そこで、下請けが多くピラミッド構造を持った業界をフラットにつなげ、顧客が品質改良などの付加価値分野に注力できるサポートをしているのがキャディ株式会社(*3)です。

製造業の国内総生産額は約180兆円ですが、その内約120兆円が部品調達にかかるコストです。設計、製造、販売は全体の3分の1の60兆円しかない歪な構造で、設計、自動化、AIなどイノベーションの大半は60兆円の狭い分野で行われています。

(出典:株式会社キャディHP)

ただ、120兆円の部品調達市場は相手を簡単に変えることができません。発注元にとって、加工企業を新たに探し、仕様を決め、価格交渉し、モニタリングするコストは高くつきます。また、キャディによると、部品の受発注のベースである図面情報は標準化されていません。図面に書かれていない暗黙知が現場同士で受け継がれ、関係者以外は詳細が分からない構造になっています。極端な場合は30〜40年もこの状態が続いています。

一見良い相手を見つけても、「やはり発注先を変えるのはやめておこう」となりやすい。近年は発注先と思っていた企業が顧客に変わり、その逆が起きることも多い。元々スイッチングコストが高い部品調達にコスト増加要因が働いています。特に、他品少量生産の業界は、頻繁に相手を変えると発注や見積もり条件が不安定になって大変です。

「仮想巨大工場ネットワーク」が提供するメリット

キャディは、産業装置メーカー(半導体、食品加工、包装、検査など)、プラントメーカー(水処理、石油化学など)をターゲットに、部品の受発注を「自動見積もり」や「図面・案件管理」テクノロジーでつないでこの課題を解決しています。部品の発注企業は、部品加工企業にいちいち連絡する必要はなく、自動的に下記のプロセスを実行できます。

① 図面データから自動で見積もりを算出する
② 最適な生産企業(品質、価格、納期)を、独自データベースを元に選出
③ 製品群を一括で発注する(従来は個別バラバラに見積もりしていたもの)

(出典:株式会社キャディHP)

同社は単に受発注を自動化するだけでなく、1,600社も利用企業がいるプラットフォームとしての強みがあります。特に、三番目の「一括発注」は個別発注にないメリットがあります。一社で大量発注できなくても企業をグループ化すれば、大量発注と同様コストを下げることができます。いずれも、膨大な数の登録企業と過去発注データがあるために可能になる、「仮想巨大工場ネットワーク」と言えます。

120兆円市場のイノベーション

何故、この業界でイノベーションが起きなかったのか不思議な気がします。それは完成品のメーカーが頂点に立つ企業ピラミット構造が関係しています。隣のピラミッドとの間に高い壁ができるので、業界横断的な仕組みを作る作業が大変です。また、苦労して横串を指すメリットを感じる企業が少なかった。

部品加工はコストだけでなく品質が重要ですが、キャディは、工場監査、サンプル検査、品質のデータを蓄積して、パートナー工場に品質向上のための情報を提供しています。起業当初はコスト削減のメリットが中心でした。最近は発注量が安定したので、部品加工企業を得意分野に特化させて品質改善のサポートをする効果が出て来ました。また、図面の不正確さが品質に影響与えるので、発注元の図面を解析して、改善するための提案もしています。従来イノベーションが起きにくかった120兆円市場を大きく変える予感があります。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1)日本銀行短観:

(*2)IMF世界経済見通し2021年1月:

(*3)キャディ株式会社HP:

  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者