コラム

ポストコロナのイノベーション34: 人手不足解消のノウハウを横展開する

2021年7月28日(水)

ポストコロナの社会課題:2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?
コロナによる人手不足と中長期的な人手不足は違う

以前のコラムでも書きましたが、コロナ禍でアルバイトの人手不足が最も深刻になったのは警備業界です。立ち入り禁止の場所が増えたので、これは分かりやすい。一方、コロナ禍で求人が減って人手不足が一時的に解消されたのが宿泊、飲食です。(*1) ただ、コロナ禍が収束すれば警備需要が減り、観光・飲食の需要がV字回復することは確実です。再び人手不足になるので、関連企業は早くも人員調達の準備をしています。

これらはコロナ禍による短期的な影響ですが、長期的な人手不足が続く業界も少なくありません。厚労省の調査によると、中長期的に人手不足感が強い産業は次の五つです。(*2)

① 運輸業、郵便業
② 医療、福祉
③ 宿泊業、飲食サービス業
④ 建設業
⑤ サービス業(他に分類されないもの)
厚労省の統計で「サービス業(他に分類されないもの)」とは、廃棄物処理、自動車整備、派遣サービスなど小規模な産業の集合体を指します。

人手不足の要因を分解する

人手不足の要因は次のように分けられます。①雇用の需要が伸びていること、②雇用の需要が不安定なこと、③雇用の供給が少ないことです。また、業界によってコロナ禍影響の有無があります。

① 雇用の需要が伸びていること
ネット通販の成長(運輸業)
コロナ(医療)
高齢化(医療、介護)
インバウンド観光の増加(宿泊。ただし、昨年落ち込み、今後の回復は不透明)
全国的な建設の伸び(建設業)

② 雇用の需要が不安定なこと
コロナ禍による開業・休業の繰り返し(宿泊、飲食。今後の回復は不透明)
規制業種特有の柔軟性のなさ(医療、介護)
公共工事への依存(建設業)

③ 雇用の供給が少ないこと
仕事がきついと思われていること(業界共通。ただし、ラクな仕事などないが)
免許による制限(医療)
給料が安いこと(医療、介護、宿泊、飲食)
格好悪い(3K)

「雇用供給不足」を解消すれば他の業種に横展開できる

「雇用の需要」は業界によって異なった要因で変動していますが、③「雇用の供給が少ないこと」は業界が違っても比較的共通の要因があります。すなわち、ある業界で供給不足を解消できれば、そのノウハウを他業種に展開して人手不足という社会課題のヒントが得られます。

厚労省が発表している有効求人倍率を見ると、「倍率」(数字が大きいほど人手不足感が大きい)がそれほど高くないのに人手不足の産業があります。(*3) 例えば、第一次産業です。農林漁業の2020年の有効求人倍率は1.23倍なので、統計上は人手不足産業と言い難い。むしろ、農林漁業は「後継者不足」産業です。

施策を総動員して黒字を達成する

林業ビジネスでヒントを提供しているのが、株式会社東京チェンソーズ(*4)です。同社は東京都内の唯一の「村」(島嶼部除く)である檜原村に本社を構えています。檜原村は奥多摩地域にあり、「これでも東京都か」と驚くような山深い場所です。事業内容は、造林・育林・木材伐出など一般的な林業の業務以外に下記のような取り組みを行っています。

① 木材の丸ごとリユース
② 捨てられる枝葉に付加価値を与える
③ エコツーリズムの併用
④ 補助金依存からの脱却

端材を捨てずに丸ごとリユースする

東京チェンソーズは、枝葉を捨てずに木材を丸ごとリユースしています。木材は通常25%の部位しか商品にならず、枝葉や端材は捨てられるかバイオ燃料として使われます。同社は今まで用途がなかった75%にフォーカスしています。枝葉部分を大規模に集めようとしても簡単には収集できませんが、収集ルート構築がキーです。

(出典:株式会社東京チェンソーズHP)

捨てられる端材に付加価値を与える

枝葉は建材として使えないので、今まで付加価値がないとみなされて来ました。発想を逆転させて、捨てられている部材に付加価値を見出すことができます。

① 木材を使ったおもちゃのデザイン
木の温もりを強調したデザイン性の高いおもちゃを供給しています。11月にオープンする「檜原森のおもちゃ美術館」という体験型ミュージアム併設のショップを運営する予定です。アーティストと購入者のマッチングサイトも運営しています。

(出典:株式会社東京チェンソーズHP)

② イルミネーション部材への転用
イルミネーションでは基本的に金属が部材として使われますが、金属は無機質になりがちなので、木材を活用しています。これらは六本木のアークヒルズなどで利用されています。

③ クリスマスツリーのリユース
クリスマスツリーとして使われるスギの木は解体して捨てられます。それでは勿体無いので、使用後に板状に加工して、庭園の木道に使われます。木道を設置することで庭園内が歩きやすくなり、アスファルト舗装のような環境破壊を避けられます。

④ アロマの開発
今までバイオ燃料として燃やすしかなかった木材チップを、アロマに加工しています。

このように、普通の林業と違う取り組みをすることによって、企業から木材を高付加価値化するアイデアが寄せられています。それが新たな商品開発につながり、取引がなかった企業から注目を得るという循環が出来ているようです。

エコツーリズムの併用

エコツーリズムは成長産業として期待された時期がありましたたが、今は伸び悩んでいます。この点、人口が多い首都圏から日帰りで行くことができる檜原村は場所としての優位性があります。同社が手がける「東京美林倶楽部」は、会員に苗木を植えてもらい、30年間にわたって木の成長を見守るというエコツーリズム事業です。会員は下草刈り、枝打ち、間伐と一通りの山仕事を経験できます。森林は放置すると荒れるので、人の手を入れることの啓蒙活動にもなります。

(出典:株式会社東京チェンソーズHP)

補助金に依存する産業構造の変革

林業は補助金に依存している産業です。「林業やっても儲かるはずないから、補助金もらうのが当然だ」と思っている人は少なくありません。補助金依存から脱却するために、同社は木材の高付加価値化やカーボンオフセットなど様々な手段を総動員して収支改善を目指しています。

林業は小規模事業者が多く、森林組合という協同組合をベースに活動しています。組合は法律に基づいて設立され、林野庁の監督下にある組織です。また、補助金を貰うために加盟事業者には様々な制限が課せられます。

例えば、人件費は林野庁が設定する基準に合わせる必要がありますが、その給与水準では優秀でやる気がある人を集めることは難しい。また、森林組合が持つ森のデータベースは事業アイデアの宝庫ですが、新しい事業に使うことが許されていません。したがって、補助金の枠にとらわれない発想が必要でしょう。

同社の取り組みは前例や補助金から脱却した細かい努力の積み重ねです。問題はこれが本当に黒字を出して持続可能かどうかです。他の業種に展開できるノウハウがあるのか同社の動向を見守りたいと思います。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1)マイナビ(2021)「アルバイト採用活動に関する企業調査」:

(*2) 厚生労働省(2018)「人手不足の現状把握について」:

(*3)厚生労働省「一般職業紹介状況(令和3年5月分)について」:

(*4)東京チェンソーズ株式会社HP:
  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者