小論文講評
対象論文「計画的住宅地における自律的更新過程からみた住環境形成に関する研究」
発表者 上野 浩一
講評者 1粟野瞳 2濱田徹 3木原聡美


■どのような研究か
戦後〜現在にかけての郊外住宅地には、同じような家族構成の住民が、同じ時期に、似たような平面構成の家に、一斉に入居した。そのような住宅地は現在、住宅地全体の高齢化、敷地の細分割などの問題から住環境が悪化している。筆者は、計画されて年数を経た住宅地が、住民の自立的更新の中でどのようにその住環境を維持してきたか、その住環境の秩序を調べ、既存住宅地を更新する時の指針を得るという目的で研究している。筆者は、戦後の郊外住宅地の問題を抱えながらも、良好な環境を保ってきた住宅地として兵庫県西宮市の上甲東園3丁目を選んでいる。そこで、住宅地の開発経緯、現在の環境についての観察調査、敷地境界の変化や建物の増改築という物的な更新の課程の調査をしている。

■研究により得られたこと、
 筆者は現境の観察の結果、この住宅地が良好であるのは、@建物形状と宅地との配置関係A緑の質と量B駐車場のあり方 の3つのポイントによるとしている。
Aについて、筆者は南北に伸びる縦の街路に、住宅地の緑、公園の緑、東西の通りの緑という、質と量の違いのある緑がリズムよく連続的に配されているため、良好な環境のもとになっていると言っている。私はもうひとつ、この街路の形状にもよるのではないかと感じる。つまり、南北に直線的な街路とせず、公園の前で道が東西に振られることで、100メートルごとに配された公園の緑をリズムよく感じられるようになっている。計画時の道路の形がよく、その後住宅地の緑がよく保たれていることが現在のよさにつなっがているのではないか。Bについては、シャッターの有無、屋根の有無等からその種類の割合を調査している。私はそれに加え、それぞれの家が生け垣を全て取り除かなくても駐車場を作れたという、一戸の敷地の間口の広さとの関係にも注目するべきではないかと感じる。
@については筆者は経年の変化を敷地境界、建物の増改築からみている。この中で、世代を超えて居住者が住みつづけているもの、居住者が変更して建替えが頻繁に行われている場合、敷地の分割を伴う事例について、環境が継承されているかどうか分析している.
上のような方法で、@、A、Bが良好な住環境形成に大きく関わるという確信を得ている.

■最後に
 今回、一つの住宅地全体について、どの時期に建替えられた建物か、どの時期に敷地の変更がなされたのかについて全体的にみて、それぞれが住環境の形成にどう関わっているかということがわかり、とてもおもしろかった。そのなかで、この住宅地を特徴づける、住宅地の生け垣等の緑が、住環境形成に大きな役割を果たしていることを再認識した。つまり、家族の変化から住宅は様々に改変されていき(例えば子供の成長に伴う増築や、同居の必要によって同じ敷地に2棟の家の建て直し)、それによって計画時よりも様々な住居が現在の上甲東園3丁目の構成員になっているけれども、計画時からの緑が継承されているところでは、その緑が様々な住居をつなぎ、まとまりのある良好な住宅地をつくるという役割がわかった。
ただ、年を経るごとに増加している細分化された土地について駐車場の必要からその緑を継承できないという事は、住環境を大きく変えるファクターである。そのような敷地の細分割も含めて、どのような住宅や敷地の更新なら、良好な環境が維持されるか、(例えば敷地の分割なら規模や、前面道路との関係)ということを今後、されに調査していけばさらにおもしろくなると思う。
(評者/粟野瞳)


■どのような研究か
本研究は、既存の住宅地が長期的変容を遂げる中でその住宅地としての住環境を悪化させているという問題意識から、比較的良好な住環境を保っていると思われる計画的住宅地を対象として、物的変化、つまり住民による自律的更新過程を研究・分析することで、より良い更新の方法を探ろうとしているものである。

■何が得られたか
対象地である上甲東園三丁目の「良好な住環境」形成の要件は
@ 建物形状と宅地の配置関係
A 緑の質と量
B 駐車場のあり方
の三点と関わりがあると仮定すると、筆者が良好であるとする住宅の更新では
・ リズム・連続性(住宅の配置方向やボリューム、空地の取り方が隣地と連続すること)
・ 継承(周辺との関係の中で増改築・更新の中でも変化しないもの)
  が重要であること明らかになった。
  しかし、研究の方法上ここでの住環境とは、通りを歩いたときに展開する景観だけのことに限られており、「良好な住環境」をもつ住宅地とは即ち「良好な景観」を保っている住宅地ということになる。

■どのような意義があるか
住宅地とは住宅の新築・増改築といった更新が必ず起こり得る場所である。その更新の適切な方法を研究することは、住宅地の住環境を良好な状態で保とうとする上で重要なことである。本研究では良好な住環境を保っていると考えられる事例における共通項としての要件に関するいくつかの知見が得られており、住宅地の発展と制御を考える上で意義のあるものとなっている。

■感想
一旦出来上がった住環境に関しては緑地の管理方法・コミュニティの形成については多くの研究がなされている。しかし更新を考慮に入れた住環境の長期的変容に関しての研究は少ない中で、そこに注目したことは有益である。
 しかし、上甲東園における良好な住環境の形成には四つある単位ごとの中央の公園やそもそもの住宅の配置計画などがやはり大きく働いているのではないか。リズムや連続性といったときに、分析の対象となるのが一件の住宅であることも気になるし、そもそも個別に分析する時の住戸数が少ないのではないか。
 また、今回「変わらなかったもの」に注目し、いくつかの知見を得られたので、今度は「変わったもの」がどのように変わったのかにも注目するとよいのではないか。
(評者/濱田徹)


■どのような研究か
 本研究は、住宅地にとってよい更新とは?という問題意識から、現在も良好な住環境を残している上甲東園住宅地の経年的な変容を追うことで、住宅にとってふさわしい更新のあり方を探ろうとしたものである。第1章 研究の背景、目的、第2章 住宅地全体配置図の作成、研究の視点の決定、第3章 50年間の変容、第4章 分析、考察、第5章 結論、という構成になっている。

■何が得られていたか
 現状把握のための配置図作成により、@建物形状と宅地の配置関係、A緑の質と量、B駐車場のあり方、という研究の視点が得られた。Aではさまざまな種類の緑が連続的に繋がっていること、内部の道において緑のリズムを感じられることが分かった。Bでは屋根とシャッターの有無に注目し、処理の仕方を6つのタイプに分けることができた。
 本研究では@に重点を置き、約10年毎の配置図を作成することにより、敷地割の変化、全面的建て替え、増改築といった物的変容を長期にわたって明らかにしている。
 又、個別の事例をピックアップし、その更新を分析することで、「リズム・連続性・継承」というキーワードが得られた。

■どのような価値や意義があるか
 住宅地の更新過程を追い、そのあるべき姿を探ることは、戦後大量に供給された住宅地が様々な問題を抱え、その住環境が悪化している現在、非常に意義がある。

■講評
 住宅地全体の配置図が丁寧に作成されており、又、全体的によく調べられていることが窺えた。図面を多く用意し、視覚的に変化を捉えようとしている点は非常に良い。
第3章冒頭では、建物形状と宅地の配置関係に重点をおいて分析をすると述べられているが、第3章の内容は敷地数、全面建て替え・増改築の有無、居住者変化を追ことにとどまり、形状と配置についての分析はなされていないように感じた。
筆者は住宅地の更新において「変容しなかったもの」が評価軸になると主張している。変容したものを追うことによって、変容しなかったものの重要性に辿り着いたことは、これからの住宅地研究にとって大きな意味があるのではないか。
最後に、第5章においてソフトの重要性を指摘しているが、私が一度調査に行った時は住んでいる方にほとんど会わなかったので、上野くんが調査する過程で、近隣住民のつながりなどが見受けられたのか知りたいと思った。
(評者/木原聡美)