小論文講評
対象論文「祇園町南側地区の町並み保存の取組みの研究」
発表者 森田久美
講評者 1佐藤由香 2上田昌弘

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■どのような研究か
 この研究は、京都の町家の保存と再生をテーマに、商業施設として改修された京町家の事例を分析し、改修の際にどのような要素を残しどのような新しい要素を取り入れているのかを探り、今後の町家の保存と再生における課題について考える事を目的としている。

内容は、序章と第1章〜第4章の4部構成でまとめられている。
第1章では、京町家の保存と再生の現状と商業施設として改修された京町家が果たした役割を述べ、改修された町家を調査する目的と研究方法を述べている。
第3章では、5つの事例についてプランと写真で改修した部分や残されている箇所をとりあげ分析・考察を行っている。
第4章では、分析結果を踏まえたうえで論文をまとめている。

■何が得られていたか
 各事例について、京町家を特徴付ける要素として、残す要素・新しい要素に分類・着目し、外観、間取り、素材、しつらえの4つについて分析を行っている。
 外観については、全ての事例においてほとんど変化が見られず、外観自体が残す要素となっている。これは保存地区という理由に加えて、住民や施主の町家の街並みを残そうという活動の現れであると考えられる。
 間取りについては、商業施設として改修された町家を事例としているため、全ての事例について広い空間を必要とし間取りを改変させている。改変させる上で元の町家の間取りを残していこうという取り組みが見られる。
 素材については、3つの事例についてはできるだけ古材を用いたり古く見せるためのペンキが塗られていたりしている。他の事例は全く新しい材料を用いているものや、町家らしい空間と新しい空間が共存しているものもある。
しつらえについては、4事例は家具なども町家のイメージにあわせているが、1つの事例においては現代的でアーティスティックなデザインのものばかりを用いられていた。

■どのような価値や意義があるか
 商業施設として改修された京町家の事例について、「町家らしい」残す要素と、用途や施主の考えのためにあえて取り入れられた新しい要素を抽出し、それらの要素によるイメージや外観、室内の雰囲気などに対する影響が読みとれ、改修する際の施主の考えや用途が大きく影響しているということが得られた。また、地区全体における地区協議会や八坂女紅場学園の取り組みも明らかとなり、町家の保存と再生に多大な貢献をしてきたことがわかると同時に、お茶屋が減り、飲食店が増えてきた現在における問題点と課題が明らかとなった。
 以上の理由により、祇園町南地区の街並みと町家の保存・改修を考える上で、この研究は価値がある。

■感想
 ・現在残されている町家の使われ方の分類などが知りたいと思った。
 ・この地区の過去の地形図を並べて、開発の変遷(住戸・道)がみれると面白いのではないか。
 ・町家一つ一つだけでなく町全体の町並み(立面)も調査できると良かった。
(評者/佐藤由香)

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■研究目標について
「一般大衆に受け入れられている京町家を改修した商業施設が、そのように受け入れられている要因を探る」とあるが、この「一般大衆に受け入れられている」という部分が曖昧であり、その後の研究方法や研究結果の混乱を招いていると感じた。何をもって「一般大衆」とするのか、何をもって「受け入れられている」とするのか、はっきり定義するべきであるのではないのだろうか。

■研究方法について
そもそも商業施設に改装された京町家を探す資料として、雑誌のみを使用するのはどうかと思う。雑誌を資料とするとある種のフィルターがかけられ、不用意に事例に制限がかけられる危険性があるのではないだろうか。また、雑誌で紹介されている事例がそのまま「一般大衆に受け入れられている」事例とは言い切れないと思う。あと、もしあるのならば商業施設に「改装された」京町家だけでなく「そのまま」商業施設として利用されている商業施設の事例があれば分析の幅が広がったのではないかと思う。

■分析・考察について
京町家を特徴付ける要素を意匠のみに限定しているのは取り敢えず置いておいて、その要素の分類の仕方には疑問が残る。また京町家の改修は、設備の面からも分析・考察するべきであったのではないかと思う。せっかく改装前と改装後の要素を整理・分析したのに、結論として「一般大衆に受け入れられている京町家を改修した商業施設が、そのように受け入れられている要因」が示されていないのは非常に残念だった。


■感想
論文で述べられているように、伝統的な町家が現在において(商業施設に限らず)利用されるには、あるいは伝統的なものを排し、あるいは新しい要素を組み込む必要性が生じる場合があると思う。できればこの小論文で、京町家を改修する上でそのような操作を加えるのに必要なコンセンサスを提起できれば良かったと思う。また、個人的には発表時に配布された資料に記された祇園南地区の歴史には大きく興味をそそられた。この祇園南地区の歴史を踏まえた上で分析と考察がなされれば、内容に深みが出ると思う。

最後に、小論文自体が未完成だった。
完成させてこその小論文だと思う。
(評者/上田昌弘)

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