小論文講評
対象論文「水上・陸上交通網に着目した都市形成過程の研究 ー大阪府柏原市を事例としてー」
発表者 横山こころ
講評者 1阪野直子 2内平隆之 3稲地秀介


本研究は、古代より水運と陸上交通の要所として栄えてきた大阪府柏原市を対象とする。現在、市街地再開発事業によってかつての面影が消されようとしている柏原市において、時代の移り変わりと共に変容・発展してきた都市構造を時代ごとに明らかにし、その構造をモデル化することを目的とする。
以上の目的から、筆者は歴史的資料・古地図、戦後の都市計画図を参考に、過去の都市構造を現代地図に落とし、モデル図を作成している。

柏原市発展の経緯、産業・農業の変化など、柏原市の歴史はよく調べられていたが、残念ながらこのモデル図からは、何を読み取ろうとしているのかわからない。水運・陸上交通で栄えたという柏原市の特性から見てどのようにまちが変容していったか、という点がモデル図上で表現されていない。
・水運の盛衰、陸上交通の付け替えがまちの市街化のどのような部分に影響を及ぼしたのか。
 (水運が衰退し鉄道が開通したことで、まちの中心の位置はどう変わったか。
街道に沿って商店が並び、街道から垂直に延びていた集落内の道は、戦後の商店街とつながるのか。)  
・産業・農業の変化によって各集落はどのように変容し、市街地を形成していったか。
(どこで綿花栽培、ブドウ栽培が行われていて、その跡地の用途はどうなっているか。
 市街地を形成していく中で受け継がれた集落の骨組み、失われたものはどこか。)
など、都市構造の変容を見るには、もう少し範囲を狭めてでも、もっと具体的な指標を明らかにしていくべきだったのではないかと思う。

また、筆者は「まとめ」で述べているように、現在の都市構造にもそれらの名残は見られ、その面影が現在のまちの個性・魅力を形成しているのであり、今後も残していくべきだ。と考えている。発表会でも、元小学校と思われる建物や古い商家など、まちに残る興味深いストックを紹介してくれた。フィールドワークの成果が、論文内であらわれていないことが非常に残念である。過去の都市構造をモデル化して終わるのではなく、‘それが現在のまちのどの部分に、どのように継承されているか’と言う点に着目しながら分析・考察をしていけば、より筆者の興味にも近づき、充実した研究になっただろう。
(評者/阪野直子)


どのような研究か?
 横山さんの研究は、大阪府柏原市を対象に、@道路や河川を軸とする都市構造の歴史的な変容過程を明らかにし、Aその都市構造の変容と背景にある柏原の各時代の生活や産業との対応関係から、その影響関係を考察した論文である。

どのような価値や意義があるか?
 対象地域である大阪府柏原市は、大和川付け替え工事で、流路を西へ変更するため旧大和川を堰き止めるために堤が築かれた「築留」のある地域である。この付け替え工事は、利根川に並ぶ近世に行われた歴史的な治水事業であり、環境問題や治水、歴史的な環境政策に関して、従来から大和川の付け替え工事に着目して研究が行われてきた。一方で、横山さんの研究は、人々の生活や産業との対応関係から、大和川の付け替え工事に含めた周辺地域の都市構造の変容として捉え直しており、従来の研究になかった新たな視点であり、横山さんの地域研究の意義を高く評価できる。

具体的な成果
 具体的には、@江戸時代の大和川の付け替えに伴う水上・陸上交通網の変化をモデル化したことA明治時代以降の都市構造の変容をモデル化したことの2点である。

意見・感想
 水上・陸上交通網に着目した都市形成過程を見ることを通じて、現在の地域環境の中に残る「町の記憶」とは何で、具体的に何が、どう評価できるのかを明らかにしてほしいと思います。写真や過去の記憶をたどる限り、横山さんが研究対象としたこの地域には、たくさんの現在の地域環境を形成している豊かな場所や空間がたくさんあると思います。かわったものは何で、かわらないものは何なのか、どう残ってきたかを明らかにし、横山さんが評価したいと考えた「まちの記憶」の客観的な価値を、形成過程から説明していただけると幸いです。
 また、私見ですが、現代の生活の中でどう活用されているかという現代生活との接点をより充実させていくともっと豊かな論文になると思います。たとえば、現在、同地域にある築留土地改良区が中心となり、地域住民・行政・市民団体・ 小学校などから構成される「長瀬川水辺環境づくり実行委員会」を設置し、農業用水路である長瀬川においてボートによる水辺探検や、築留で育てた水生植物による水路浄化などを行っています。また「築留二番樋」が国の登録文化財建造物に指定されたり、野鳥が飛来する築留堤防の風景が評価されていたりしています。物理的にはかわらない環境の中にも、活用の仕方や新たな価値等が生まれており、横山さんのいうところの「町の記憶」と生活における活用方法や価値観といった「現代生活との接点」は多様化し、さらにどう活かすかというソフトも充実しつつあると思います。
このような現代の生活の中でどう活用されているかという「町の記憶」と現代生活との接点となる情報を充実させ、形成過程との関係から価値づけていただけるともっとおもしろい論文になると思います。
(評者/内平隆之)



■研究概要■
本研究は都市形成の過程をその骨格要素である交通網と農業・産業の発達・更新における相互影響関係に着目して明らかにすることを試みている。
具体的には、18cから今日までの大阪府柏原市の中心市街地を調査フィールドとし、交通網として奈良街道と大和川の柏原船と鉄道を挙げ、これらの役割が地域産業や農業と関わり方によって時代とともに変化する様子を空間的に捉え整理している。加えて、これらの変化を現代に伝える町屋や水路などの「まちの記憶」にも注目し、その発生や交通網や産業との歴史的関わりについて整理を試みている。
■研究意義■
交通網の発達・更新を軸として柏原市の都市形成過程を要素と共に空間的に把握・整理したものは極めて少なく(著者によって発表時に示されている)、加えてその成果を視覚的に表現することに成功している点に建築学的意義がある。
■研究成果■
柏原市の交通網と農業・産業の発達・更新における相互影響関係を空間的に整理し、そのモデルを獲得している。

■素朴な感想■
横山さんの研究動機の一つである、水路などの「まちの記憶」やまちの様子を大きく変える駅前再開発や都市計画道路などの現代の情報(変化?問題?)と歴史的情報との繋がりが上手く描かれていないように感じます。また、物理的環境の理解から、一歩進んでより明確に心理的環境として柏原市がどのように形成されてきたかというのも調べてみても面白いのではないかと思います。
誠実に柏原市の歴史を調べられた様子が論文から伝わってきます。何らかの形でこの作業・活動を続けられると良いと思います。
(評者/稲地秀介)

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