コラム

景気後退期こそ先を見据えた投資を

2020年4月3日(金)

「今起きている混乱が長引けば、グローバル経済にとって過去100年で最悪の景気後退につながる」(4月2日付けニューヨーク・タイムズ)

こんな意見も出始めました。確かに、新型コロナウイルスに端を発した経済への悪影響は年初に皆が考えていたより深刻になってきました。

注文の落ち込みによって国内生産を止めた自動車業界、中国から部材が届かずに商品を納入できない住宅業界など影響は広範です。今年の第一四半期決算発表が揃う5月中旬まで全容は分かりませんが、どの業界もかつてない厳しい数字になると思われます。

ただ、こういう時期でも絶好調な業界があります。典型がスーパーマーケットです。2月の業界売上高は前年同月比6.9%も伸びています。(*1) スーパーは売上高が基本的に横ばいの成熟産業で、2月のような高い伸びはインバウンド観光客が増え始めた2014年初頭以来です。先行きへの不安を抱えた人たちが食品や日用品を買いためたせいでしょう。政府の「自粛要請」後の3月も好調を維持していると思われます。

スーパーと同様、消費者との距離が近いのが外食業界ですが、こちらは苦戦しています。ファーストフードやテイクアウトは好調ですが、ファミリーレストランは洋風が▲3.0%、和風が▲3.9%、パブ・ビアホールは▲9.6%、居酒屋は▲4.8%と、いずれも大変な状況です(売上高前年同期比)。3月に入ると目立って客足が減ったので、さらに悪い数字になっているはずです。(*2)

4月に入っても好転する兆しは見えません。資金繰りの心配ばかりしている店も多いと思います。

(写真:フジオフードシステム代表取締役社長 藤尾政弘氏)

しかし、先日お会いした外食の創業社長は、そのような苦しい中で将来へのビジョンを淡々と語ってくれました。その人は、大阪市に本社を構えるフジオフードシステムの藤尾政弘社長です(*3)。こんな大変な時期にどんなビジョンを語ってくれるのか?

藤尾さんは大阪の下町・天満の商店街で食堂経営する両親の背中を見て育ちました。大学卒業後起業して、売上高380億円を超える東証一部上場企業を作り上げました。この水準まで成長した外食企業は少なからず存在しますが、戦略がユニークなところが実に興味深い。同社の主要戦略とは「ターゲット市場におけるブランドの分散」です。

「ターゲット市場におけるブランドの分散」

藤尾さんのターゲット市場は「大衆」です。彼によると、リーマンショックの時でさえ、大衆市場は安定していました。企業が成長すると、ハイエンド志向・ローエンド志向など、今までより手を広げたくなるものですが、彼はブレません。

外食企業が成長を目指す場合、同じブランドを広い地域で拡大することが効率的です。その際たる例が、マクドナルド、KFC、スターバックスです。ところが、同じブランドが増えすぎると、必然的に消費者の「飽き」が生じ、必ず成長が鈍化します。「盛者必衰の理」が外食の特徴です。

藤尾さんは店舗ブランドを分散させることを徹底して、この課題を解決して来ました。ただ、単に分散するとオペレーションコストが上がり、自社内でカニバリゼーションが起きる。そこで、最大ブランドの「まいどおおきに食堂」では、看板のロゴマークだけ統一して、店の名前は店長が選ぶというシステムを取っています。「日根野食堂」「森町食堂」など地域に根ざした店名が中心です。

こうすれば、顧客は同じブランドだと気づかず「飽き」を避けることができます。また、店長から「雇わられ感」が減り、経営者としての自覚を促すことができる。現場が顧客サービス改善に責任を持つことが、持続可能性を高める近道でしょう。

藤尾さんは、時節柄(!) 私と1.5mの間隔を空けて座り😁、ご自身の思いを語ってくれました。

1. コロナショックは本当に大変だが、これが永遠に続くわけではない。大衆の食ニーズは絶対になくならない。

2. 今は生き残ることが重要だが、世の中が好転する時に攻める準備もしなければならない。そうでないと、市場が再成長始めた時、競争に勝てない。

3. 苦難の時期は、好調な時にやりたくてもできなかったアイデアの「実験」ができる。新しい業態も色々試したい。

4. 同業で潰れる企業があれば、どんどん救済をしたい。業績が悪くなった企業を「安値で買った」と批判する人がいるかもしれないが、市場が悪い時は投資できる企業が少ないものだ。何より、買収先の従業員を救うことができる。

藤尾さんは気取ること、偉ぶることもなく、ご自身の哲学を語ってくれました。一番苦しい時こそ、その「先」を考えるべきということは含蓄に富んでいます。

(*1)スーパーマーケット販売統計調査(2020年2月実績速報パネ版)(2020年3月23日公表):
http://www.super.or.jp/wp-content/uploads/2020/03/tokei-20200323hcv.pdf

(*2)日本フードサービス協会外食産業市場動向調査:
https://www.ryutsuu.biz/sales/m033148.html

(*3)フジオフードシステム:
http://www.fujiofood.com/company/

  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者