コラム

「ポストコロナ」のイノベーション⑩:中小零細店舗でもキャッシュレス決済を可能にする

2020年7月23日(木)

社会課題1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?(1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること)
社会課題2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
コロナ感染防止のため、コンビニ、スーパー、デパート、飲食店、ドラッグストアなどの店舗レジで、お客と店員をアクリル板で仕切るのは当たり前になりました。むしろ、仕切りがない店は感染防止の意識が低いとみなされます。さらに意識の高さをアピールしたい店舗は、お客と店員が直接手を触れ合うお金のやり取りを行いません。ただ、店員はゴム手袋をはめていても、素手のお客にとって「何の意味があるのだろう」と思ってしまいます。

感染が怖いのでキャッシュレスを使う

両者の接触と感染を本気で防ぐのであれば、現金決済を極力減らして、電子マネーやクレジットなどのキャッシュレス決済(以下、キャッシュレス)比率を高めることが絶対必要です。

日本は現金主義の国だと言われています。2016年の調査によると、日本のキャッシュレス比率は20%に過ぎず、96.4%の韓国、68.6%の英国などと比較すると、まさにキャッシュレス後進国でした。 ( *1) 今はどうなのか。今年行われた別の調査(*2)によると、5月時点で、全国・全世代の約88%の人が何らかのキャッシュレスを使っています。この数字だけ見ると、日本もキャッシュレス先進国になったと誤解しますが、実態は違います。同じ調査によると、キャッシュレスが「使える」中小零細店舗は、全国で35.7%に過ぎません。

中小零細店舗のキャッシュレス比率を高める

キャッシュレス環境整備において、店舗間の二極化が顕著です。大手グループの店舗や都心のレストランでは大抵、クレジットカードや電子マネーを使えますが、中小零細店舗のキャッシュレス比率は低い。消費者がキャッシュレスを使いたくても、パパママ店舗の殆どは現金しか使えないのが実態です。キャッシュレスには専用端末を購入して、毎月手数料も払わなければならないので、「その余裕がない」という声が多い。

そこで、中小零細店舗のキャッシュレス比率を高める「目玉政策」として導入されたのが、2019年10月から2020年6月まで実施された「キャッシュレス・ポイント還元事業」(以下、還元事業)です。そもそも消費税率引き上げの時限対策として始まった政策ですが、還元事業に参加する中小零細店舗でキャッシュレスを使うと、最大5%が還元されました。

消費者はポイント還元が受けられるので、今までよりキャッシュレスを使うようになる。同時に、キャッシュレスの設備投資ができない店舗も恩恵を受けました。還元事業によって端末導入費がタダになり、決済手数料の1/3が補助(期間中のみ)されました。

キャッシュレス・アプリが乱立する「副作用」

中小零細店舗のキャッシュレス比率は依然低いですが、還元事業の政策効果は確かにあったようです。参加店舗のうち、還元事業がキッカケで初めてキャッシュレスを導入した業者が32.7%を占め、売上増加効果があった業者が4割もいます。(*2) 一方、困った「副作用」も明らかになりました。

一口にキャッシュレスと言っても、クレジットカード、デビットカード、電子マネー(交通系とそれ以外)などの伝統的な決済方法と、近年、雨後の筍のように乱立したスマホのQRコード決済に分けられます。後者は、PayPay、楽天ペイ、LINE Payなどが代表ですが、一体いくつの決済手段が乱立しているのか、よく分からないのが現状です。一説では日本だけで1,000種類以上あります。

お客は大抵複数の決済手段を持っているが、店舗には全ての決済手段に対応するお金はない。それは大手にとっても同じです。結果として、店舗は少数の決済メニューしか持たず、そのアプリを持っているお客しか折角導入したキャッシュレスを使ってくれません。この「QRコード乱立状態」が、キャッシュレス市場が抱えるようになった副作用です。

QRコードによって全ての決済をワンストップでつなぐ(TakeMe Pay)

出典:TakeMe ホームページ

この課題を解決して、中小零細店舗でのキャッシュレス使用を推進しているのが、TakeMe株式会社(*3)です。社長の董路(ドン・ルー)さんは北京出身で、私が以前勤めた米系投資銀行に同時期在籍していました。彼は中国でeコマースの起業家になった後、活動拠点を日本に移しました。

同社の決済プラットフォームである「TakeMe Pay」は、国内外の何と100種類以上のキャッシュレスをワンストップでつないでいます。理論的には世界中のキャッシュレスを、このプラットフォームでつなぐことができます。しかも、簡単、安価なので、急成長市場であるアジアを取り込むことができるのも大きな魅力です。

店舗は種々雑多な決済会社と個別に契約する必要がなく、TakeMeと契約するだけで多くの決済システムとつながります。決済管理、返金、明細確認も同社システムによって「ワンストップ」で行うことができるので、中小零細店舗にとって有り難いサービスです。また、お客は新たなアプリをインストールする必要はなく、既に持っている決済アプリやスマホ・カメラを使って、用意されたQRコードをその場で読み取るだけです。TakeMeは各決済会社から手数料を取らず、商品購入価格への上乗もないので、キャッシュレス決済を提供する企業にもメリットがあります。このように競合問題を回避したビジネスモデルが興味深い。

日本のコンビニ、スーパーなど大手小売は、POSデータ収集、AIによるデータ解析など、重層的なマーケティング投資を行っていますが、中小零細店舗にそんな余裕はありません。無理して買ったPOSデータ連動レジも、新しいQR決済アプリとつなげるために多額の追加投資が必要です。TakeMeによって、POS端末を持っていなくても、QRコード経由でPOSデータを利用できるようになります。

スマホ決済大国・中国からの「新型タイムマシンモデル」

董さんの故郷の中国は、世界最先端のスマホQR決済国です。街角の屋台でもスマホ決済が可能で、皆が現金を持ち歩かなくなった昨今は、何とホームレスもスマホ決済でお金を恵んでもらうほどです。彼のビジネスモデルは、中国の仕組みを日本に導入する「新型タイムマシンモデル」です。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1) 経済産業省商務・サービスグループ キャッシュレス推進室(2020)「キャッシュレスの現状及び意義」:
(*2) 一般社団法人キャッシュレス推進協議会(2020)「キャッシュレス調査の結果について」:
(*3) TakeMe株式会社HP:
  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者