コラム

「ポストコロナ」のイノベーション⑫: ロングテールによって地方創生を推進する

2020年8月11日(火)

社会課題3. ITの新たな活用方法を提示すること(3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?)
社会課題4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること(4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?)
菅官房長官は7月27日の記者会見で、「ワーケーション普及で観光促進を」という発言をしました。(*1)「ワーケーションは旅行のひとつだ」という趣旨のようですが、この会見はタイミング的に「Go to トラベルキャンペーン」のつまづきを挽回するように見えるので、批判が起きるのは当然です。

「Go To」の筋が悪い理由

ところで、Go Toは「筋が悪い政策」と言えます。理由は次のとおりです。

まず、個人のニーズが多様化している時代に、Go Toは「お金をいくら配れば、それだけ需要が喚起できるはずだ」という「ケインズ的」「社会主義的」な発想に基づいています。夏休み、秋の社員旅行・修学旅行を後押しすれば、大勢が旅行に行くだろうという「昭和的」な発想とも言えます。補助額はそれなりに大きいので経済効果はあるが、補助期間が終われば効果もなくなります。

また、政策を実施する前提が変わっているのに、政府がそれに目をつぶっていることが問題です。4月の閣議決定(*2)では、「新型コロナ ウイルス感染症の拡大が収束した後の一定期間に限定して、官民一体型の消費喚起キャンペーンを実施する」と明記されています。全国で感染者が急増して条件を満たしていないのに事業を強行開始し、同時に「外出を自粛してください」と真逆の要請もする奇妙なことが起きています。

コロナによって中小零細企業が多い観光業界が打撃を被るのは問題で、Go To「Eat」「Event」含め、特定の業界を救済するのは良いと思います。ただ、消費者に旅行券を配るよりも、ホテル・旅館の感染防止策、感染情報システム共有、業者の財務支援などに予算を使った方が、よほど意味があります。コロナによって所得が減り旅行できない人もいますが、一方で特別定額給付金が国民全員に払われています。さらに広く旅行券を配るより、感染リスクが下がれば旅行に行きたい余裕層を後押しした方が、政策の持続可能性があります。

多様化したニーズとワーケーション

旅行・移動ニーズはニッチなものも含めて近年多様化しています。昭和的なパック旅行で満足する人は益々減っています。例えば、自然災害が起きると復興ボランティアをして現地に貢献したい、農業体験したい、古民家に泊まってみたい、安い別荘を探したい、自分なりのエコツアーを企画したいなど様々なニーズがあります。

これらのニーズは「ワーケーション」が関係します。ワーケーションは「ワーク」と「バケーション」を合わせた造語で、2000年代の米国で言われ始めました。今回唐突に出てきたワーケーションは「休暇の合間に仕事する」ことが強調されて、「働き方改革に矛盾する」という変な批判を浴びています。それは不毛な議論でしょう。ワーケーションの意味は時代とともに変化しており、テレワークの普及とセットで考えると違った姿が見えて来ます。

テレワーク比率を増やすことによって都心の広いオフィスが不要になり、自然豊かな田舎に事務所移転の検討をしている企業が出てきました。また、実家の近く、郊外、地方など住む場所を社員に決めさせる企業もいます。重要なことは、政府や経団連が一斉に旗を振るのではなく、企業や社員が場所を自由に決めるトレンドです。短期間で「○☓人の移住者を増やそう」といった類の地方創生はことごとく失敗していることを忘れてはなりません。

「人」と「場所」をロングテールでつなげる(おてつたび)

出典:おてつたびホームページ

ただ、個人にとって「隠れた名所」を探すのは結構大変です。多くの自治体が仕様バラバラの情報提供をしていますが、どこが自分に合っているか比較は困難です。また、受け入れ自治体にとっても移住に興味を持っている人を探すのは簡単でありません。両者をマッチングさせるには、多様化したニーズをつなげるロングテールの発想が不可欠です。

コロナ渦以前からこの分野に力を入れてきたのが、「おてつたび」というサイト(*3)です。地方の短期的・季節的な人手不足で困る事業者と、「知らない地域へ行きたい」「仕事をしながら暮らすように旅したい」と思う地域外の若者をマッチングさせるweb上のプラットフォームです。

サイトを運営する「株式会社おてつたび」の永岡里菜CEOは三重県尾鷲市出身で、「日本各地を飛び回り様々な地域の方とお会いして、『魅力がない地域はない』と思いました」と創業のきかっけを語っています。サイトでの就業メニューは農業や宿泊業が多いですが、最近は酒蔵、雪かき、海の家、お祭りの手伝いなどバリエーションが増しています。

永岡さんは、「サイトを通して擬似的なふる里(実家)を作って欲しい」と述べています。実際、コロナ渦で擬似ふる里を助けたり、ものを送ってもらったりという交流が生まれているそうです。経済的動機が強いふるさと納税とは異なっています。

地方創生は長年の社会課題ですが、地方同士で似たような観光資源を競い、補助金を奪い合うレッドオーシャンが存在しますが、抜本的解決になっていません。地方特有の魅力を、たとえ少数でも興味を持つ人に届けるロングテール/ブルーオーシャンの市場を築くことがポイントでしょう。おてつたびによって、短期旅行が移住やワーケーションにつながる可能性があり、ご当地ゆるキャラ競争から自治体が脱皮するヒントを与えてくれます。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1)NHK 2020年7月27日、菅官房長官記者会見:

(*2)「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」について(令和2年4月7日 閣議決定):

(*3)おてつたびHP:
  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者