コラム

「ポストコロナ」のイノベーション⑬:ライフスタイルを変えるための実証試験

2020年8月18日(火)

社会課題3. ITの新たな活用方法を提示すること(3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?)
社会課題4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?(4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること)
「やっていない企業は殆どいない」テレワーク

コロナ感染蔓延後、テレワークが急速に浸透しましたが、実際にどの程度の企業が活用しているのか。今年6月の調査(*1)によると、テレワークを実施または実施検討している企業は全体の77%です。従業員数300人以上の企業に限れば、利用率は93.5%に達しています。大企業に限れば、「やっていない企業は殆どいない」状況です。

テレワークを導入した企業にその効果を聞くと、「働き方改革が進んだ」「業務プロセスの見直しができた」など、ポジティブな反応が多いようです。また、テレワーク推進のための課題を聞くと、「IT環境の未整備・予算不足」、「社内コミュニケ−ションが取りにくい」、「業務プロセスがテレワークに合っていない」とともに、日本特有の「ハンコが残っているから」が指摘されています。ハンコをデジタル化する流れはありますが、役所が本気にならない限り、テレワークの足枷として残るでしょう。

これから世の中にテレワークが定着するのか、「出社が基本」状態に戻るのか。今後の感染状況にもよりますが、ポジティブな効果が企業に理解されれば、感染が沈静化してもテレワークはあまり減らないと思われます。

テレワークに積極的な企業と消極的な企業

テレワークをこれからの「常態」にしようとしている例が富士通です。(*3) 同社は、今後3年かけてオフィス面積を50%削減し、在宅勤務の環境整備のため月額5000円を社員に支給します。同時に通勤定期券の支給はなくなります。テレワーク商品を顧客に売りたい同社は先陣切って世のトレンドを変えようとしているのでしょう。

ただ、「出社が基本」に戻る力学は根強い。過去に米国で、従業員の4割がテレワークを利用していたIBMが「原則出社」に戻した例があります。また、米ヤフーの場合、2017年CEOに就任したばかりのマリッサ・メイヤー氏が、当時社内で主流だったテレワークを禁止しました。(*2) 理由は、コミュニケーションに時間がかかり生産性が下がっていることです。

日本でテレワークを推進「しない」業界の代表が銀行です。銀行の支店窓口は非常事態宣言下でも閉めることができませんが、本店行員の大半は在宅勤務になりました。しかし、その後原則出社に戻り、あるメガバンクの8月は、本店のほぼ全員が出勤に戻ったようです。銀行は社外から行内情報にアクセスする際のセキュリティが厳しく、「出社しなければ仕事にならない」のが常識です。ただ、福井銀行のように在宅でも社員が仕事をしやすくする環境を整えた銀行もあります。(*4) 今は、「銀行はこうでなければならない」という常識を見直す機会でしょう。

地方でのテレワーク:政府の掛け声や横並びでは進まない

これからテレワークの生産性が分析されて、推進する・推進しない企業に分かれますが、本社や従業員が働く場所の選択は組織戦略の一環です。各社横並びで進めるものではありません。会社は都心の大きなオフィスにこだわらず、従業員は満員電車通勤に縛られず、しかも生産性を落とさない。この解が見つかれば、地方でのテレワークが進むでしょう。「生産性が下がるからテレワークをやめる」ではなく、「生産性を落とさないテレワークとは何か」が社会課題の解決です。

「ポストコロナのイノベーション⑫:ロングテールによって地方創生を推進する」に書いた通り、都会か田舎かを問わずにテレワークを推進するなら、政府や経団連が旗を振ってもうまく行きません。ニーズが多様化している時代に、「移住しろ」と言わんばかりの画一的なメニューはターゲット層に響かないからです。これからは、地方が都会人に「うちに来てください」と頼むのでなく、個人や企業が「行きたい目的や場所を探す」時代に変わりつつあります。

働く理念を変える実証試験(LivingAnywhere WORK)

出典:「LivingAnywhere WORK」

この変化は重要ですが、スローガンだけでなく推進するための実証試験が必要です。働く場所の大きな変化には、企業理念、組織戦略、個人のワークスタイルや価値観、受け入れ側自治体の環境など多くの要素が関連するからです。実際に様々なことを試さないと核心的な課題は見えてきません。

そんな場がないかと探していたら、「LivingAnywhere WORK」(*5以下、LAW)という活動がありました。LAWは「どこでも働ける環境をつくる」実証試験のプラットフォームです。LAWは、株式会社LIFULL(*6)が中心となって立ち上げた有志の組織で、企業・地方自治体、計79団体(8月14日現在)が参加しています。賛同企業は所謂IT系が中心ですが、前田建設や東急エージェンシーのような伝統的な企業も含まれていることが興味深いです。

LIFULLでLAW推進の責任者を務める小池克典氏によると、元々同社は企業保養所や地方の廃校などの遊休不動産をシェアリングする活動を行っていました。日本には廃校が約6,000校もあり、そのうち約5,000ヶ所が使用されていないので、遊休不動産の活用は地方創生のための優れた切り口と言えます。

コロナ禍によるテレワーク需要が増えたため、不動産シェアリングに、従業員の心身ケア、新しい働き方の構築、企業クラスターを作るなど、地方でテレワークを推進するための情報収集機能が加わったのがLAWです。因みに最近の日本で、「クラスター」は「感染者の集まり」と思われていますが、「企業集積」を意味する言葉としてもよく使われます。

テレワークの課題である「生産性」について小池氏は興味深い指摘をしています。取り組んでいる企業の生産性は全般的に上がっており、特に対面のコミュニケーションが必要とされている「営業」も例外でないようです。テレワークと生産性の関係については、現状印象に基づく意見が目立つので、LAWの賛同企業である程度の検証ができれば、テレワーク検討中の企業にとって重要な情報源となります。

「ポストコロナのイノベーション⑦:オフィスや工場の概念を刷新する」でも書いたとおり、サテライトオフィス設置には、セキュリティや勤怠管理など単なる不動産賃借と異なるコストがかかります。他にも、解決しなければならない課題は多岐にわたります。従業員満足を高め、生産性を向上させ、コストを削減するためのナレッジ構築がLAWには期待されます。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1)「テレワークの実施状況に関する緊急アンケート」 2020年6月17日 東京商工会議所 中小企業のデジタルシフト推進委員会・災害対策委員会:

(*2)あしたの人事「テレワークを失敗する理由とは?“コロナショックの応急措置”と考えると危険」(2020/04/27):

(*3)日経XTECH 2020年7月6日「富士通がテレワークを「常態」に、オフィス面積を半減し在宅勤務補助月額5000円」:

(*4) 日本経済新聞(2020年6月11日)「私用PCで在宅勤務 福井銀行、安全面も対策」:

(*5)「LivingAnywhere WORK」:

(*6) 株式会社LIFULLホームページ:
  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者