コラム

「ポストコロナ」のイノベーション⑮: 行政オンライン化によって「役所の三密」を解消する

2020年8月26日(水)

社会課題1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?(1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること)
社会課題3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?(3. ITの新たな活用方法を提示すること)
社会課題4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?(4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること)
非効率で「三密」が起きやすい役所の窓口

コロナ禍によって行政手続の非効率性にスポットライトが当たっています。企業向けの休業支援金・給付金や国民ひとり10万円の特別定額給付金などの申請手続きでは、「やたら時間がかかる」という不満が申請者から噴出しました。結果的に、「三密」を避けるよう民間に呼びかけている当の役所が、最も三密になるという笑えない状況が起きています。

日本の後進的な「行政オンライン化」

行政手続きに時間がかかるのは、「オンライン化」が遅れていることが最大の要因です。オンライン化進んでいる韓国では、申請しなくても所得に応じたコロナ給付金が自動的に振り込まれています。(*1) 独ベルリンでは、フリーランス(外国人も含む)に対する5,000ユーロ(約59万円)支給金の振込が、ウェブサイト申請から2日程度で完了しています。(*2)

「欧州や韓国にできて、何故日本では同じことができないのか(怒)」

これが一般人の偽らざる感想でしょう。もっとも、日本でも行政オンライン化の遅れが無視されて来たわけではありません。2018年6月に内閣官房が「世界最先端デジタル国家に向けて」(*3)という大仰な計画を発表しています。ただ、その成果は皆が知っているとおりです。

普及しないマイナンバーカード

日本で行政オンライン化が遅い理由のひとつは、マイナンバーカードが普及していないことです。今年4月時点で、普及率はわずか16%に過ぎません。(*4) カードを取得しなくても利用者にとってメリットもデメリットもないので普及率が低いのは当然と言えますが、それが行政の非効率を招いているので困りものです。対照的に、米国ではソーシャルセキュリティ・ナンバー(SSN)を書かないと銀行口座を作れないし、クレジットカードも取得できません。国民全員がSSNを持っているので、補助金支給を行う際の本人確認、所得確認が即時にできます。行政手続きが早いのは当たり前です。

自民党は新政策によってマイナンバーカードを普及させようとしていますが、国民の意識にも問題があります。「政府にプライバシー情報が集められる」ことに抵抗する人は多いですが、現状でも、家族関係(戸籍)、同居人(住民票)、収入(税務署)、資産(登記所)、健康(健康保険)などの情報は全て行政に把握されています。マイナンバーの目的は、これら縦割り管理されている行政情報を、横連携させて手続を早めることです。横連携があれば、コロナ給付金のような新制度にすぐ対応できるし、パンクしている保健所も救われます。「マイナンバーには反対するけど非効率な政府も批判する」という矛盾した意見には注意を要します。

行政スピードの自治体間格差

マイナンバーは政府主導で時間がかかる話ですが、地方自治体の判断できることが多いことも知られてきました。税務、住民票、助成金、保健などの業務を直接行うのは自治体だからです。注目されるのは、特別定額給付金の支払いスピードに関して自治体間に大きな差があることです。大都市は手続が遅い傾向がありますが、6月末の調査(*5)によると、給付率が低かった大阪市、千葉市、名古屋市(いずれも10%未満)、世田谷区の12%、川崎市の17%に対して、札幌市は92%、神戸市は78%、福岡市は53%でした。同じ大都市でも、随分スピードに開きがあります。「政府が何もしてくれないから給付が遅くなる」は自治体の単なる言い訳の可能性があります。

クラウドサービスで行政をオンライン化する(株式会社グラファー)

出典:株式会社グラファーHP

このような行政が抱える社会課題を解決しているのが株式会社グラファー(*6)です。同社の起業時の事業メニューは、登記、印鑑証明など行政書類取得のサポートでした。ところが、コロナ禍で補助金・給付金業務が増えて役所に三密が生じ、同社事業も変化しています。行政オンライン化のサポート事業が急成長し、2020年8月時点で26の自治体と取引しています。役所は意思決定に時間がかかるのが普通ですが、グラファーCEOの石井大地さんによると、「我々が予想していたよりはるかにスピーディに対応していただいた自治体が多かったです。」とのことです。世の中変わっているようです。因みに、同社のように行政の業務改革を技術で支援する事業は「Govtech」「Civictech」などと呼ばれています。

同社の成長は、2019年12月にデジタル手続法が施行されたことともキッカケでした。まだ実態と乖離があるとはいえ、行政手続きの「原則オンライン化」が法律で明言された影響は大きいようです。しかも、戦艦大和のような政府でなく、オンライン化が法的義務とされて「いない」地方自治体が、フットワーク軽くサービス競争を始めたところが興味深い。今後のGovtechの方向性を示しています。

グラファーが窓口混雑緩和をサポートした例として、横浜市があります。事業者向けの融資保証手続きの申請をオンライン化したことによって、繁忙期には最大3時間だった来庁者の滞在時間が1〜2分まで短縮されました。同市が中小企業庁と交渉して、書類の押印を不要としたことも効率化に必要でした。コロナ禍前からグラファーと取引していた鎌倉市は、転入・転出届けの案内電子化を実現しています。行政オンライン化の歴史は長いですが、同社によると、意外にも住民が直接サイトから入力できる行政システムはそれまで殆ど存在していませんでした。

行政オンライン化に必要なこと

行政オンライン化にとって重要なことは「利用の簡便さ」「管理の簡便さ」「低コスト」です。

高齢者の利用比率が高い行政手続では、簡単にサービスを使えることが重要です。同社のシステムは簡単な質問で利用方法が分かるよう工夫されています。また、管理のために大勢のSE(システムエンジニア)が必要な高価システムは行政に向きません。サイトのインターフェイスをちょっと変えるだけで数千万円の請求書を送られても、予算がありません。グラファーは、自治体内部にSEがいなくても対応できる低廉な商品設計を行っています。

CEOの石井さんは、「住民と役所との関係を変えるような事業を展開したい」と語っています。今は住民票や補助金関係の手続がメインですが、将来的には米国のSNSで行われているように、オンラインで効率よく民意を集め、自治体の政策に反映させるような姿を視野に入れています。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1)ブルームバーグニュース(2020年5月21日)「紙中心の日本とIT化進む韓国、コロナ給付金で支給スピードに差」:

(*2)訪日ラボ2020年4月21日:

(*3)内閣官房(平成30年6月)「「世界最先端デジタル国家」に向けて」:

(*4)産経Biz (2020年5月17日)「自民党がマイナンバー普及に本腰 普及率16%、一律10万円給付の申請で混乱」:

(*5)朝日新聞デジタル(2020年6月27日)「10万円給付、大都市で大幅遅れ:問い合わせに忙殺」:

(*6)株式会社グラファーHP:
  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者