コラム

ポストコロナのイノベーション⑱: D2Cによって新しい消費者を獲得する

2020年11月27日(金)

4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?(4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること)
マダラ模様の消費市場

コロナ禍によって消費市場は激変しました。緊急事態宣言が発令された4月〜5月は、大半の店舗売上が大きく落ち込み、その後夏から秋にかけてある程度回復しました。しかし、全ての業界がV字回復したのではなく、業態や商品によって変化はマダラ模様です。

春の落ち込みが激しく夏以降も回復していない代表格がショッピングセンターです。4月にマイナス68.8%(前年同月比、以下の%も同様)まで落ち込み、9月もマイナス21.6%と低調のままです。(*1) リアルタイムの数字が公表されていないデパートも同じような状況と想像されます。

一方、春先に絶好調で夏以降も堅調なのがスーパーマーケット(スーパー)です。4月は何とプラス10.7%でした。成熟業界の小売では驚くような伸びです。9月には定常状態に戻りましたが、依然プラス1.0%です。(*2) 一方、コンビニは苦戦しており、春に10%ほど落ち込みましたが、夏は若干のマイナスまで回復しました。(*3)ショッピングセンターのような打撃は受けていないことが分かります。

ショッピングセンターやスーパーのように業態によって状況が異なるだけでなく、商品によっても変化はマダラ模様です。チェーンストア協会の統計によると、4月最も好調だった商品は食料品(プラス9.5%)で、日用雑貨品がほぼ前年並みでした。他の商品は殆どマイナスですが、最も落ち込みが激しかったのは、衣料品(マイナス53.7%)です。9月になると、食料品と家具・インテリアはほぼ前年並みに落ち着いてものの、大半の商品はマイナスのままです。なかでも、衣料品の売上不調が依然顕著(マイナス23.5%)ことが目立ちます。(*4)

「消えた」リアル店舗での消費はネットに流れた

これらの変化を要約すると、春の外出自粛によって、スーパーや食料品のバブルが一瞬起きたが夏以降は前年並みに戻りました。また、業態ではショッピングセンター、商品では衣料品、住関連、サービスの需要落ち込みが大きいままです。これら「消えた需要」はどこに行ったのか?全体のパイは減ったままなのか? 減ってしまったリアル店舗需要の一部はネット店舗に流れています。今年第一四半期の国内イーコマース(EC)流通総額はプラス9.8%、第二四半期はプラス12.6%でした。スーパーと違って夏以降も好調を維持していることが分かります。楽天一社に限ると、各々57.5%、48.1%も伸び、まさに絶好調です。(*5) コロナ禍によって、ショッピングセンター、百貨店、コンビニ、チェーンストアからECにお金が流れていますが、経済は「揺り戻し」現象が必ず起きます。このままの好不調が継続するとは限りません。そこで、ECにも新たな戦略が求められます。

D2Cとは: B2CやSPAからこぼれた需要を拾う

例えばECには、「D2C」というあまり聞き慣れないマーケティング手法があります。D2Cとは「Direct to Consumer」の略で、メーカーが販売店を介さずに、自社ECサイトで直接商品販売するビジネスモデルです。ネットでモノを売る点はB2Cと同じですが、メーカーが「自社ECサイト」で直販するのがD2Cです。すなわち、アマゾンや楽天などの巨大ECサイトに頼らないところがD2Cの特徴です。

D2Cは仲介業者を極力排除するので、安価な製品を消費者に提供できます。また、自社で製造・販売を完結させるので、消費者の声を商品開発に短期間で反映できます。

この点、D2CはユニクロなどのSPA(製造小売業)と似ています。ただ、D2Cは基本的にウエブで完結するので、ユニクロのような資本・労働集約的ビジネスではありません。コロナ禍によって出歩くのを嫌う人が増え、巨大な店舗網を持つ企業にとって固定費が重荷となりました。この点、ネット中心のD2Cにチャンス到来です。

コロナ禍によってリアル店舗が重荷になったSPA、巨大なネット店舗を持っているために、自分が好きなブランドや商品を発掘しにくいアマゾンや楽天。この市場変化の一部を埋めると思われるのがD2Cです。

D2Cの先駆例: ワービーパーカー(米国)

D2Cの先駆例が米国のワービーパーカーです。同社はメガネ、サングラスのD2C企業で、2015年に米国のFast Companyが「世界で最もイノベーティブな50社」のNo.1企業に選出しました。(*6)

ワービーパーカーは、広告よりもSNSを信用するミレニアル世代をターゲットにして、売上の一部を、発展途上国でのメガネ販売トレーニングのために寄付するなど、ユニークな活動をしています。このように、単にモノを買うことでは満足しない消費者に巨大ECでは提供できない価値をD2Cは届けることができます。

日本の食品素材をD2Cでプロデュースする(株式会社SEAM)

出典:SEAM HP

日本でもD2Cのスタートアップが増えています。例えば、株式会社SEAM(*7)の石根友里恵社長は食品のD2C事業を展開しています。現在「和もん」(*8)というブランド・サイトを運営して、天然素材のみで製造した酢とだしを使って漬け込んだピクルスを販売しています。

漬物(ピクルス)市場は零細企業が多い典型的な成熟業界です。20年で市場規模は3割減りましたが、今でも3,000億円を超えています。それだけ漬物は日本人にとって身近な食品ですが、販売ルートはスーパーやコンビニにほぼ限定されています。マーケティング手法も画一的で、メーカーが品質の良い商品を高価格で販売したいと思っても、消費者に届ける方法が殆どありません。スーパーの棚に並んでいる防腐剤だらけのキムチや浅漬を見て、「健康に良い食品を消費者に届けたい」と思ったのが、石根さんの起業動機です。

SEAMは和もんのブランド・プラットフォームによって、零細企業でも差別化された食品を販売できる環境を目指しています。同社が販売しているピクルスは目にも鮮やかなパッケージで包装され、自分で食べるだけでなく贈答用にピッタリです。また、酢と出汁で加工して日持ちするので、海外販売もできます。日本好きの外国人に受けそうなコンセプトです。野菜の栄養やダイエット効果なども丁寧に説明されています。「○☓農園」ブランドではピクルスが売れなくても、和もんに商品を提供すれば付加価値がある共同マーケティングができます。

SEAMはピクルスから食品D2Cに参入しましたが、日本の食品市場の多くは漬物市場に似た構造です。成熟、硬直してイノベーションが働き難い市場です。コロナ禍で消費者心理が変わっている今、D2Cの共同マーケティングを使えば、今までなかった付加価値を提供できるはずです。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1) 一般社団法人日本ショッピング協会 販売統計2020年:

(*2)一般社団法人日本スーパーマーケット協会販売統計:

(*3)一般社団法人日本フランチャイズ協会 コンビニエンスストア統計データ:

(*4)日本チェーンストア協会 チェーンストア販売統計:

(*5)楽天2020年度第2四半期決算説明会資料:

(*6)Fast Company “The Most Innovative Companies of 2015”(Feb 09, 2015):

(*7)株式会社SEAMホームページ:

(*8)「和もん」ブランドサイト:
  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者