コラム
ポストコロナのイノベーション19: 通信環境整備によってエッセンシャル・ワーカーの生産性を改善する
2021年3月14日(日)
3. ITの新たな活用方法を提示すること
コロナ禍によって我々の働く、学ぶ概念が大きく変わりました。コロナ禍前はあまり普及しなかったテレワークを実施する企業が急増し、大学の講義は、少人数の実習やゼミを除けばほぼ100%ウエブへ移行しました。日本中のキャンパスが無人状態になりましたが、今年は極力対面講義を増やすよう、文科省から各大学へ強い要請が出ています。ただ、講義室が満杯になるような環境は「感染対策を実施していない」ことになるのがネックです。
ただ、ウエブで仕事や講義ができるならまだ良い。現場に出かけて対面で働くエッセンシャル・ワーカーの労働環境は、コロナ禍でも以前と変わっていません。エッセンシャル・ワーカーは英語でKey workerやCritical workerとも呼ばれますが、医療、福祉、農業、小売、販売、通信、公共交通機関など、社会インフラを維持するために必要な場所の労働者を指します。各々現場から離れられないので、基本的にテレワークへ移行できません。
人手不足の警備と人手余剰のホテル・旅館
アルバイト人材の過不足感(出典: マイナビ(2021)「アルバイト採用活動に関する企業調査」)
ところで、エッセンシャルワーカーは実際のところ足りているのでしょうか。アルバイト比率が高い業界が多いので、バイトの雇用状況を見ればある程度の傾向が分かります。多くの業界でエッセンシャルワーカーが不足している印象ありますが、実は人手不足かどうかは業界によって二極化しています。
アルバイト人材の過不足感に関する業界別調査(*1)によると、2019年から2000年にかけてほぼ全ての業界で人手不足が多少解消しています。唯一の例外として人手不足度が高まったのが「警備・交通誘導」で、8割以上の企業が「自社は人手不足」と回答しています。コロナ禍で人の立ち入りが制限される場所が増え、物騒なので警備需要が増えたことが背景にあると思われます。その反面、来客数の減少や時短営業の結果、アルバイト採用が減った業界もあります。特に、「ホテル・旅館」は2000年の採用人数が前年比で4割以上も減少し、警備業界と対極をなしています。
もっとも、ホテル、旅館、外食を除けば、多くの業界は依然人手不足です。「人手不足」と回答している企業数が6割を超えるのは、コンビニ、スーパー、ビル清掃・メンテナンス、介護、配送、引越しと目白押しです。また、調査対象となったすべての業界で4割以上の企業が人手不足と回答しています。ワクチン接種によって、今後、警備の特需や観光・ホテル・外食の極度の不振は修正されるでしょうが、エッセンシャル・ワーカーの不足は構造上継続するのは間違いありません。
エッセンシャル・ワーカーのための通信環境整備は難しい
人手不足をテクノロジーで解消するには、スタッフ同士のコミュニケーションを円滑にして、業務を効率化させることが効果的です。そのためにはWi-Fi環境の整備が必須ですが、結構難しい問題をはらんでいます。通信環境が一見整備されているオフイスでも、電波が弱い場所やアクセスが集中する時間帯では通信が不安定になり、対策のため追加コストを強いられることが多い。
ましてや、エッセンシャルワーカーが働く現場はオフィスのように標準化されておらず、多様な問題が発生します。例えば…
① 建物構造によって電波が弱い箇所が多い
② スポーツ施設や建設現場など屋外かつ広大な場所ではインフラ構築が難しい
③ 介護施設などでは常に遅延がない安定した通信が求められる
④ エンタメ・イベントや展示会などでは開催期間中のみ通信環境を作り、その後撤収したい
⑤ 災害現場、避難所などでは特殊な対応が求められる
LANケーブルを削減して高品質で安定的な通信環境を実現する(ピコセラ)
これら特殊なニーズに対応するには、通常かなりのコストがかかります。大企業であれば高い料金を払えるかもしれないが、中小企業には大きな負担です。そういった課題に取り組み、「高品質で安定的な通信環境」を提供しているのが、PicoCELA(ピコセラ)株式会社(*2)です。社長の古川浩さんは元NECの無線通信研究者、九州大学で教鞭を取りながらピコセラを創業、同社事業の拡大に専念するため2018年に九州大学を退職しました。
高品質で安定的な通信の背景に何があるのでしょうか。無線LANは次の二つの通信パートで構成されています。
* スマホなどの端末⇔基地局
* インターネット回線⇔基地局(バックホールと呼ばれる)
無線通信ネットワークを構築する場合、インターネット⇔基地局間のバックホール設定にコストと時間がかるのがビジネス上のネックです。例えば、エッセンシャルワーカーが働く屋外や広大な場所では、バックホールに大量のLANケーブルが必要で、これがコストや工期を押し上げます。
ピコセラは「無線メッシュ・ネットワーク」という方式を開発し、バックホールの設定を簡便にしました。親機とインターネットはケーブルでつなぐが、その先は多段階で細かく無線で基地局をつなぎます。細かくつなぐところから「メッシュ」と呼ばれます。また、基地局でのアンテナ調整が不要なので、ケーブル問題と工事問題を一緒に解決するところがポイントです。
無線メッシュ方式の概念図(出典: ピコセラHP)
通信速度を下げず、安定したネットワーク空間を提供するピコセラのメッシュ方式は、以前大手メーカーも熱心に研究した時期があります。ただ、電波干渉を制御することが難しく多くの企業が撤退しました。一方、ピコセラは電波干渉制御を粘り強く続け、今日の製品開発につなげました。
屋外の通信環境を劇的に改善する
ピコセラの技術は、屋外など広大なエリアで価値が高まります。例えば、新潟県のガーラ湯沢スキー場では、5ヘクタールをわずか12台の機器でカバーし、ケーブルを使う場合よりコストを数十分の一にしました。150以上の店舗が軒を連ねる福岡市の天神地下街では、LAN配線を85%削減、導入コストを7分の1まで下げました。また、従来は作業負荷が高いためWi-Fi設置が難しかった建設現場でも使われています。さらに、スタッフ同士の連絡遅延が許されない介護施設、メンテナンスが難しい火力発電プラント、メガソーラー発電所などでも導入されています。
出典:ピコセラ HP
通信環境を整備するとエッセンシャルワーカーの労働生産性が上がるだけでなく、イベントへの集客効果が上がります。ロックフェスティバルなどの屋外イベントでは、スマホへ快適に接続できることが集客のために欠かせません。徳島県の阿波踊りイベントでは、たった3台の機器で800人接続を実現しています。
現状のコストが高いバックホールは、5G時代に入るとより深刻な課題に直面します。以前のモバイル・インフラは巨大なアンテナを作って一度に広いエリアをカバーしましたが、4G・5Gと世代が進むと、電波の特性上カバーするエリアが狭くなり、基地局を増やさなければなりません。コストが高いバックホールを抱えていると、5Gでは致命的になるわけです。コストが高いバックホールは高い携帯料金につながるので、ピコセラの技術は現状のB to BだけでなくB to Cへの拡張が期待されます。
「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?
2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?
3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?
4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?
(*1) マイナビ(2021)「アルバイト採用活動に関する企業調査」
(*2)PicoCELA株式会社HP: