コラム

ポストコロナのイノベーション21: 孤立無援の介護難民を会社が救う

2021年3月31日(水)

社会課題3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
テレワークによって困難になった社内コミュニケーション

コロナ禍のテレワーク導入によって、社員同士のコミュニケーションが取りにくいと感じる企業が増えました。ただ、業種、テレワークの活用度合い、社員の年代によって社内コミュニケーションの方法は様々です。サイボーズが2020年10月に行った調査(*1)によると、テレワークの増加は社員に対して下記のような影響を与えています。

* 過半数の人が業務以外のコミュニケーションがしにくくなったと感じている。この比率は若い人ほど高く、20代では6割を超える
* 同僚の関係性に関しては「何をしているか分かりにくい」「話さない人が増えた」と考える人が6割を占める

業務に直接関わらないコミュニケーション・年代別(出典: サイボーズHP)

管理職が社員のことを理解できないのは、逆に社員が管理職のことを理解できないのと同様「永遠の課題」です。それが、コロナ禍のコミュニケーション不足によって、より深刻になったと言えます。

今は手厚くなった「企業が社員をサポートする義務」

コミュニケーション不足が放置されると、企業の「社員をサポートする義務」が十分に果たせなくなります。日本には労働三法(労働組合法、労働基準法、労働関係調整法)が存在し、企業が社員に配慮しなければならないのは、今に始まったことではありません。しかし、法律があっても、社員にとって十分なサポートが行われているとは限りません。この点、昭和では見過ごされていた課題が、平成になって真剣に議論されるようになりました。昭和から平成にかけて企業が変わった背景として下記が挙げられます。

① ハラスメント(セクハラ、パワハラなど)防止
② メンタルヘルスケアへの配慮
③ 有給休暇の消化促進
④ 産休、育休、介護休業の充実
⑤ 働き方改革
⑥ 健康経営

このリストを見ると、バブル期前の昭和では概念すらなかった項目も含まれていることが分かります。これら一連の改革によって、雇用主が社員に配慮することは当たり前になりました。

形骸化しやすい制度と生産性との関係

ただ、改革は経営者のイニシアティブで行われたというより、ハラスメントや過剰労働などの労働災害事故が契機になったと思われます。出世して経営者になった人達は「昭和の労働環境」を生き抜いてきた「勝者」なので、メンタルの問題を抱えている社員を本当に理解するのは困難でしょう。そうであれば、会社が責任を果たしている「カタチ」が優先され、実状を理解した改革になるとは限りません。また、社員のメンタルヘルスのチェックを実施しても、「会社に自分の弱みを知られたくない」という防衛本能が芽生えます。

このように労働環境の改善は企業としての「免責」「コスト」として捉えられ勝ちですが、近年経営の考え方が変わって来ました。悪い労働環境を放置すると組織の生産性が低下するので、改善は単なるコストでなく長期的な投資という考え方です。それが健康経営などにつながっています。

未だにサポートが不十分な「介護適齢期」の管理職

労働環境の改善は「会社 vs 社員」という構造になりやすいが、未だに会社から十分なサポートを受けていない人達がいます。管理職の人達がそうです。彼らはハラスメントでは潜在的な加害者とみなされ、働き方改革でも十分な保護を受けられません。管理職でもメンタルヘルスを害する可能性があるのに、若手社員のようには助けてもらえません。

また、管理職は親の「介護適齢期」です。どこの企業も一応介護休業を認めていますが、実態は機能していないことが多い。何故なら、介護支援は育児支援などと比較して制度が複雑で、理解することが難しいためです。介護制度の活用や上司への相談は、社員の心理的負担を高めているという調査結果もあります。会社が社員の実態を詳細かつリアルタイムに理解すれば、介護のために退職する人が減るはずです。優秀な管理職を介護のために失わないで済めば、長期的に生産性が向上します。

組織として社員の介護実態を見える化する(株式会社リクシス)

この課題にテクノロジーやコンサルティングによって取り組んでいるのが、株式会社リクシス(*2)です。同社によると、介護問題を解決することが難しいのは下記の理由が関係します。

① 社員の実態が把握しづらい(社員から会社に相談しにくい)
② 当事者は介護に向き合いたくない気持ちがある(分かっていても目をそらしたい、親子で話し合うことを避けたい)
③ どの時点から介護のプロに頼った方が良いか素人には分からない(素人が思うより早く相談した方が良いケースが多い)

リクシスは社員の介護現状を診断し、基礎知識やeラーニングなどを提供して、社員が「エイジング・リテラシー」を高めるサポートをしています。これらを通じて、社員個人の状況だけでなく、介護が組織に対してどのような影響を与えているか、人事部がクラウドサービス(LCAT)を通じて把握できます。

クラウドで社員の介護実態をリアルタイムに把握する(出典: リクシスHP)

企業による「お節介」で介護難民を救う

リクシス社長の佐々木裕子さんは元マッキンゼーのコンサルタントですが、ご両親の介護を現実的に考えたことが起業のきっかけとなりました。佐々木さんによると、介護が理由で退職や休職しても、それを表面的な理由にしない人が多いそうです。また、社員インタビューをすると、介護に「丸腰」の人が大半です。丸腰の人は介護のプロに早く頼った方が良いのに、それを避けて自分の首を締める傾向があります。介護問題が生産性に与える影響は一般的な認識より深刻です。

会社が社員のメンタルヘルスを知ることには限界があるが、介護のサポートであれば、メンタルより抵抗が少ないと思われます。いわば人事部から社員に対するお節介ですが、昔の介護は地域のお節介で成り立っていました。今は地域に頼ることができないので、会社がサポートすることは理に適っています。介護への備えを、生活習慣病予防のような社会常識に変えることがリクシスの目指すことです。

親の介護は奥さんに任せるという時代ではないが、夫婦で協力するだけでは不十分です。介護制度や対応方法を知ることが社員の負担低下、組織の生産性向上につながります。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1) サイボウズ(2020)「在宅勤務者3,000人に聞く「テレワークのコミュニケーション」調査」

(*2)株式会社リクシスHP:
  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者