コラム

ポストコロナのイノベーション31: 役所、防災、観光に特化したチャットボット

2021年6月28日(月)

ポストコロナの社会課題2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
ポストコロナの社会課題3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
「IT後進国日本」の中身

コロナ禍で、日本がデジタル後進国であることが白日の下に晒され、国民を唖然とさせました。ただ、デジタル化の遅れは以前から指摘されて来たことです。スイスのIMDが毎年発表している「世界デジタル競争力ランキング」(*1)で、日本の評価は昨年63ヶ国中27位でした。前年ランキング(23位)からダウンして、調査対象国の真ん中より少し上という冴えない状況です。

(出典:IMD World Competitiveness Center)

この調査は合計スコアのランキングだけが報じられ、詳しい中身が分からないことが多いですが、スコアは「知識」「テクノロジー」「将来性」の三つの大項目によって評価されます。三項目とも日本は20位半ばですが、大項目より下の中項目では評価にバラツキがあります。例えば、ロボット活用などの「科学的集積」、インターネット基盤などの「技術的枠組み」は高く評価されていますが、「人材」「規制的枠組み」「ビジネスのスピード」は評価が低い。さらに、中項目より下の小項目では、「国際経験を持つ人材」「人材のデジタル・スキル」「ITスキルを持った移民の受け入れ「ビジネスの新陳代謝」「企業のスピード感」「ビッグデータの活用」は対象国中最下位レベルの評価です。

(出典:IMD World Competitiveness Center)

ITの研究開発能力は高いが、規制が足を引っ張り、現場のスピード感が乏しくITを使いこなしていないのが、「日本評価の全体像」と言えます。評価結果のいくつかは説得力がありませんが、日本企業に「スピードがない」と言われていることは重く受け止めた方が良いでしょう。調査項目に「政府」や「地方自治体」が含まれていませんが、役所のIT化も低評価と見て間違いないと思われます。

国をあげて自治体DXが推進される

一方、政府にデジタル庁が創設され予算も付き、自治体のDX化が急ピッチで進められています。コロナ禍で問題になっている給付金、ワクチン接種など各種手続きの遅さは政府というより自治体の問題なので、自治体DXは中心的な課題です。

自治体DXに関連する重点項目は下記6点です。(*2)
① 情報システムの標準化・共通化
② マイナンバーカードの普及促進
③ 行政手続のオンライン化
④ AI・RPAの利用促進
⑤ テレワークの推進
⑥ セキュリティ対策の徹底

DXによって自治体間のサービス格差が拡大する

ただ、「ちょっと待って欲しい」というのが重点項目を見た率直な印象です。産業界ではここ数年多くの企業がDXを進めていますが、目標や効果がはっきりせず迷走する例が多いです。大仰なDX計画を打ち出したら、自治体も目的を見失う可能性があります。特に、柔軟性が必要なIT投資ではその傾向が強いので、大仰な計画には危惧を覚えます。役所がDXという言葉を使うことは否定しませんが、「紙をデジタルにする」「納税者の満足度を高める」などシンプルで実現可能な目標が大事と思います。

一方、役所DXには光明もあります。従来、霞ヶ関、自治体でバラバラだった情報システム統一の道筋がついたからです。これが前提にあるので、住民サービスに各自治体の創意工夫が生かされます。コロナ10万円給付金やワクチン接種に関し、現状でも自治体間にかなりのサービス格差があります。DX予算を活用した施策によって、今後自治体間格差はさらに大きくなるでしょう。

チャットボットによって自治体の目標設定をサポートする(株式会社ビースポーク)

AIチャットボットを使って自治体の目標設定をサポートしているのが、株式会社ビースポークです。チャットボットはゲーム、介護、ビジネスコミュニケーションなど幅広い分野で使われていますが、ビースポークは行政、防災、観光に特化しており、世界中の行政機関にサービスを導入した実績があります。同社は知る人ぞ知る「行政・防災DX」の世界的な企業です。

同社の「Bebot」(ビーボット)というチャットボットは、スマホからダウンロード不要でアクセスでき、「縦割り行政のワンストップ化」に挑んでいます。組織が縦割りになると、住民への情報発信の質が落ちるだけでなく、情報収集も非効率になります。「二重の縦割り」を解消しないと、いくら情報システムに大枚をはたいても、サービスや業務効率は改善されません。

(出典:株式会社ビースポーク)

Bebotによってできることと発揮される効果

チャットボットのBebotによって下記のことが行うことができ、様々な効果が生まれています。

Bebotによって実施できること:

① 最新制度・情報の発信
コロナ関連、移住検討者向け、企業誘致制度などの情報を発信できる

② データや住民の声の収集
行政サービスへの要望や地域特有のニーズなどを収集できる

③ 観光案内
観光スポットや交通機関などの情報を多言語で行うことができる

④ 災害・緊急時のFAQ対応

Bebotがもたらす効果:

① 住民と役所間の情報ギャップを機動的に埋めることができる
住民から寄せられる質問は種々多様ですが、同社によると「上位30個の質問で74%の疑問をカバー」できます。また、役所が発信する情報と住民が探す情報はギャップができやすいので、それを機動的に埋めることができます。日本政府観光局はBebotによってコールセンターへの災害問い合わせを減らすことができました。

② 災害情報を集中的に発信できる
災害が起きると、その場にいる人たちは役所のホームページにアクセスして情報確認します。ただ、地震、水害、テロ、コロナなどは刻々状況が変わるので、ホームページ対応では間に合わないことが多い。この点、チャットボットを使えば、役所からプッシュ型の通知ができます。例えば、台風の時に「この地域は危険なので、すぐに避難してください」といった発信ができます。また、件数は少なくても、死者や大惨事につながりそうな事案に集中して対応できます。

③ 窓口来訪者のフラストレーションと無駄な業務を減らす
チャットボットによって役所業務を全自動化するのではなく、どこにどのような質問が集中しているか把握できれば、効果的な対策がわかります。例えば、役所の一階には総合窓口がありますが、上のフロアに行くと途端に状況が分からなくなり、聞かれた職員も対応できません。それをチャットボットが補うことができます。

(出典:株式会社ビースポーク)

観光事業をきっかけに防災チャットボットのNo.1になった経緯

ビースポークの綱川明美社長が起業を思いついたきっかけは、東南アジアを旅行した時でした。「訪問先の特別なローカル情報が欲しい」と感じたが、それに応えるサービスがありませんでした。そこで、インバウンド旅行者をターゲットに、観光情報を提供することから事業を始めました。情報発信も情報収集も方法がなかったので、街で外国人旅行者を見つけては、片っ端からビラを渡すことから始めたそうです。外国人旅行者からホテルに送られる問い合わせメール(英語)への返答もボランティアで手伝いました。このような地道で儲からない努力が、インバウンド旅行者が本当に求めている情報を知るのに役立ちました。

観光からビジネスをスタートさせたビースポークが、なぜ行政・防災チャットボットのナンバーワン企業になったのか?きっかけ大災害が頻発した2018年でした。この年は、西日本豪雨、大阪北部地震、台風21号の関西空港直撃、首都圏の豪雪など記録的な大災害が連続して起きました。ところが、外国人旅行者が詳細且つリアルタイムの災害情報(英語)を探しても、どこにも存在しませんでした。不安になった旅行者たちの問い合わせがBebotに殺到したそうです。災害情報だけでなく、移動手段や宿泊を変更する方法も重要です。そこで、ビースポークは、観光穴場情報に加えて防災コンテンツを追加しました。

その後、政府が防災情報発信にチャットボット活用を思い立った時、「日本でそれをやっていたのがビースポークだけ」でした。いきなり政府から連絡を貰った綱川さんは「防災情報が専門でない自分達にできるだろうか」と不安を感じました。ただ、サービスの評判は良く、成田空港やJR駅でも導入が決りました。Bebotは政府の危機管理にチャットボットが使われる珍しい例なので海外からも注目され、綱川さんは危機管理の国際会議などに招待されてスピーチしています。それが、海外の自治体でビーボットが活用されることにつながりました。

チャットボットの「マグロ」を目指す

今ではチャットボットを提供している企業は珍しくないですが、ビースポークが行政、災害、観光に特化していたことが、ビジネス急成長につながったことが興味深いです。綱川さんによると、同社は「マグロだけを握っている寿司屋」だそうです。ネタの数は多くても、マグロやエビを極めることがサービス開発の要諦になるという意味です。

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1)IMD World Competitiveness Center:

(*2)総務省(2020)「自治体DX推進計画概要」:

(*3)株式会社ビースポークHP:
  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者