コラム

ポストコロナのイノベーション36: アナログからの脱却が難しい工場の変革

2021年8月30日(月)

ポストコロナの社会課題2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?
企業のDX戦略を聞いてもピンと来ないことが多い

最近、DXをテーマとしたウェブセミナーを聴講しました。名だたる大企業のトップやDX担当役員のプレゼンを聞きましたが、どうもピンと来ません。DXのプレゼンでは、常に「社会課題解決」「AI」「ビジネスモデル」「プラットフォーム」「業務標準化」「付加価値」「人材育成」というお馴染みのキーワードが並びます。まるで同じ教科書のコピペのようで、途中からどの企業の話を聞いているのか分からなくなります。

DXといっても、会社の目標が定まっていない、情報を出したくないなどの事情があるかもしれません。そうであれば、中身が乏しい「DX戦略」など話さない方が得策です。また、「こんなこと既にやっていると思ったけど、まだなのか」と感じることも多く、各社の本音が却って分かりにくくなります。

中小企業にとって導入困難で、成果が見え難いDX

情報処理推進機構(IPA)が行った最新のDX実態調査(*1)によると、下記の結果が報告されています。

* 従業員規模が大きい企業ほどDXを推進しているが、従業員数300名を境として普及率に差がある
* 調査対象の4割以上の企業が、DXによって「業務効率化」「生産性の向上」という成果を出している

* ただ、「既存製品の高付加価値化」「新製品の創出」「ビジネスモデルの変革」「企業文化や組織マインドの変革」といった成果を、DXによって出している企業は少ない

(出典:情報処理推進機構(2020)「デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進に向けた 企業とIT人材の実態調査」)

DXにはそれなりの規模の投資が必要なので、中小企業にとってハードルが高いことが分かります。また、成果が出ているという回答が多い業務効率や生産性の向上は、DXとの前から長年取り組まれて来たことです。「ビジネスモデルや企業文化を変える」というDXへの期待は、現状過剰評価のようです。

(出典:情報処理推進機構(2020)「デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進に向けた 企業とIT人材の実態調査」)

デジタル化が難しい中小製造業

DXを推進するには、業務がある程度デジタル化されていることが前提です。そこで、今でもアナログな現場は、DXよりも「初歩的なデジタル化」を考えた方が良い。この点、デジタル化が意外なほど進んでいないのが小規模(従業員1000人以下)の製造業です。(*1) 製造業でも「オフィス業務」は既にデジタル化されていますが、工場にはアナログ作業が多く残っています。また、企業によって状況は様々で、単に「紙の帳票をなくしたい」「日誌を書く手間を省きたい」と言っても、業務フローは皆違います。

(出典:情報処理推進機構(2020)「デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進に向けた 企業とIT人材の実態調査」)

大企業製造業の現場では、世界的なIT企業であるSAPなどのパッケージソフトが使われています。ただ、パッケージソフトは標準化されているので、ユーザー企業は細かい仕事のやり方をソフトの仕様に合わせなくてはなりません。それでは困るので、多くの企業がソフトのカスタマイズを頼みますが、かなり高くつきます。パッケージソフトの基本料金も高いので、中小企業はなかなか購入できません。アナログな現場を変えようと思っても、中小にとって良い方法がないのが現状です。

アナログ現場のニーズを拾い上げる(株式会社 Mountain Gorilla)

標準化されたパッケージソフトを利用できない中小製造業のデジタル化をサポートし、将来的なDXの後押しをしているのが、株式会社 Mountain Gorilla(*2)というユニークな社名のスタートアップです。同社は「カカナイ」という名前の、読んで字の如く「紙に書かない」帳票サービスを開発しています。カカナイは、紙の帳票をスマホで取り込んでデータ化し、システムで管理します。手書きの作業記録や作業日報の入力情報は膨大で、ミスも起きやすく、働き方改革に逆行してしまいます。

(出典:株式会社 Mountain Gorillaホームページ)

製造業などシステム化が遅れている現場には次のようなニーズがあります。

* 忙しく危険な現場に対応して、UX(使い勝手)がシンプル
* 業務の進め方に合わせてカスタマイズできる
* サービスを導入する場合、プログラミングの知識が不要(ノンコードと言います)
* 今使っているシステムと連携することができ拡張性がある

(出典:株式会社 Mountain Gorillaホームページ)

以前はメーカー勤務だったMountain Gorillaの井口一輝社長は、製造業の苦悩を見て起業しました。ハイスペックでカスタマイズが難しいパッケージソフトと比較して、同社サービスは中小企業にとって不要な機能を削ぎ落とし、カスタマイズもし易く設計しています。井口さんは自社サービスを「規模の小さい注文住宅」と表現しています。また、特定の機能に特化したソフトを提供しているベンチャー企業は結構多いですが、井口さんはユーザー企業全体の業務に拡張できるサービスでないと意味がないと考えています。

アナログをデジタル化すればDXにつながる

紙帳票をデジタル化する入り口の目的は現場の作業負担を下げることです。その後現場の情報がシステム管理できると、意味のあるDXに移行できます。アナログのデジタル化という最初のステップから発展すれば、次のような成果が期待できます。

* 作業場所と入場申請場所が離れている工場の入退出管理ができる
* タブレットをAR(拡張現実)グラスに置き換えることができる
* 食品のレシピ・データをクラウドで分析して、今までなかった美味しい商品を作ることができる(新商品開発)
* 作業日報をデジタル化して食品衛生法などの業法に対応できる
* 工場の事故を予測してアラートを出すことができる

(出典:株式会社 Mountain Gorillaホームページ)

「ポストコロナ」の社会課題:
http://www.lab.kobe-u.ac.jp/stin-innovation-leader/column/200430.html

1. 人同士の接触を減らしながらビジネスを成立させること
1-1. 人同士の接触が前提だった場所の変革とは?
1-2. 今までと違う「接触方法」とは?
1-3. オフイス、飲食店、スーパー、スポーツ、エンタメ以外に課題を抱える場所とは?

2. リアルな現場における人手不足を賄うこと
2-1. 医療、介護、工場、物流、店舗以外に問題が起きている現場とは?
2-2. 専門家、管理者、単純労働者など不足する人材の質に合わせた対応とは?
2-3. IT化やロボット活用以外に考えられる解決方法とは?

3. ITの新たな活用方法を提示すること
3-1. テレワークを実施するうえで起きる新たな課題とは?
3-2. DX(デジタル・トランスフォーメーション)の新しい姿とは?
3-3. ITが解決するべき今まで見えなかった課題とは?

4. ビジネスの新たなパラダイムを作ること
4-1. 新たな生活、仕事の目的とは?
4-2. 従来と異なるコミュニケーションとは?
4-3. 人々が持つべき新たなマインドセットとは?
4-4. 新しい家庭、病院、オフィス、店舗、物流、工場etc.の形とは?


(*1)情報処理推進機構(2020)「デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進に向けた 企業とIT人材の実態調査」:

(*2)株式会社 Mountain Gorilla:

  • 尾崎 弘之
    (プログラム運営責任者)

    神戸大学科学技術イノベーション研究科教授、経営学研究科教授、プログラム運営責任者