吸音処理のいろいろ


 


吸音処理は,コンサートホールや会議室などの残響調整など室内音響効果を調節するためだけでなく,騒音制御の上でも重要なものの一つです.吸音処理を十分にすることで,室内の騒音レベルを低減したり,ひいては室外へ,あるいは室外から透過などによって伝搬する騒音エネルギを低減するのにも役立つ場合があります.特に,残響時間が長くなりがちな,容積の大きい空間や反射性の固い材料で内装された空間など,吸音処理によって騒音レベルが低減されることがあります.また,騒音レベルの問題だけでなく,残響時間を短縮することによって,音声の明瞭度を向上させるなど,快適な音環境の実現には欠かせない要素です.

 



吸音材としてもっとも一般的で広く用いられている,グラスウールの表面です.これは,ガラスの細かい繊維をボード状にしたもので,サイズは定尺で90×180cm,密度は24〜32kig/m3が多く使われます(この写真は32kg/m3).ボードの場合は,表面は熱処理によってなめらかになっているため,若干表面の吸音性は劣ります.袋入りのグラスウールの場合は全く脱脂綿のようにふわふわしており,表面の仕上げに気を配る必要のない場合(たとえば内装材の背後に入れるような場合)には,そちらの方が音響的には効果的です.なお,グラスウールは多孔質吸音材の代表的なものですが,多孔質吸音材とは材料中の細孔を音が伝搬する際の,粘性減衰や熱伝導によってエネルギが減衰されるもので,その減衰抵抗は音の粒子速度に比例するため,音の粒子速度が高いところに配置することが必要です.したがって,壁からの距離が目的とする周波数の(波長)/4となるように配置する必要があります.

 



同じ多孔質材料の仲間ですが,古い実験室の天井に使われている木質繊維板です.グラスウールやこれなどは,同じ多孔質材料の中でも特に繊維質材料と呼ばれるもので,いろいろある多孔質材料の中でも,性質が比較的わかりやすいものです.これらに比べて,ウレタンフォームなどは同じ多孔質でも,性質が若干難しいといわれています.

 



神戸大学・環境心理実験室内の無響室の壁面の「吸音楔」です.くさび状にすることで表面積を多くして,さらにくさびの背後には空気層を設け,低音域まで効果的に吸音するように作られています.無響室は,音響実験の上で不可欠な反射音の全くない「自由空間」を得るために作られるものです.この無響室では,160Hz以上ではほぼ完全な自由空間が得られています.

 



神戸大学の古い簡易無響室の壁面です.くさびはなく,厚さ30cmほどのグラスウールを張り,表面をグラスクロス(ガラス繊維の布)で仕上げてあります.この場合は,ほぼ完全は自由空間が得られるのは4kHz以上で,中音域以下では反射があります.

 



天井のボードです.石膏ボードの一種ですが,表面に不規則な形状の孔が開いており,多少の吸音性(多孔質性)があると思われます.また,背後に空気層があるため,若干の板振動型吸音があると思われます.板振動型吸音は,背後に空気層を取って軽量な板材料を張ると,入射する音波によって振動し,振動に対する減衰のため吸音するものです.一般的には低音域で,ある周波数の近傍に選択的な吸音特性を示します.

 




芦屋市内の某スポーツクラブのロッカールームの天井です.上述のボードと同様の材料ですが,表面に凹凸のパターンがあるデザインのものです.他にも,いろいろなパターンのものが出回っています.

 



実験室の内装ですが,有孔板,穿孔板,あなあき板などと呼ばれるものです.背後にはグラスウールが入れられています.有孔板はその孔の開け方(開孔率)によって大きく特性が変わります.一般に開孔率が10%程度以下であれば,孔の一つ一つと背後空間が共鳴器として作用し,いくつかの周波数で共鳴的特性を示すことになります.一方,グラスウールの高い吸音性を出したい場合,建築的にはグラスウールを表面に出すわけにはいかないので,有孔板をカバーとして使うことがあります.この場合は,背後のグラスウールの特性を出させるには相当高い開孔率が必要です.

 



有孔板の吸音特性を,残響室内で測定している様子です.残響室内の床に試験体を設置し,残響時間を測定し,空室時の残響時間との差から試験体の吸音率を算出します.この試験体では,共鳴型の特性を避けてグラスウールの特性を出すことをねらったため,開孔率を15%程度にしていますが,それでも共鳴型の特性が多少現れました.

 



神戸大学工学部玄関の天井です.薄い金属の有孔板が使われています.上述の有孔板による共鳴型特性は,板が十分薄い場合にはあまり現れません.したがって,金属仕上げが許される場合は,このような有孔板でグラスウールをカバーすることによって,グラスウールの特性を生かした吸音構造ができます.しかし,この写真の例では,背後にグラスウールなどの吸音材が入っているかどうか,はっきりとは分かりません.

 



国道43号線,神戸市東灘区深江付近の防音塀です.道路に沿って防音塀が立っており,場所によって透明なものなどいろいろなタイプがあります(「防音塀のいろいろ」もご覧ください).透明部分以外では,外側は黄色と青色で塗装されていますが,内側(道路側)はこのようにグレー一色です.写真でも分かるように,道路に面した表面にはグリル状の細かい開口があり,内部には吸音材が入っています.塀による反射のため,かえって沿道の騒音レベルが上昇することもあるため,このような吸音処理をしているわけです.また,防音塀の先端に吸音体を取り付けて,回折減衰の効果を改善したものもあります.こちらもご覧ください

 



神戸市営地下鉄「県庁前」駅の天井です.金属のあなあき板が使われていますが,背後に吸音材が使われているようで,地下鉄の駅にありがちな騒音がガンガン響く感じのうるささが軽減されています.一方,他の駅にはこのような天井は採用されていないところもあり,音がよく響いてうるさい感じがあります.

 



岩手県立大学の廊下です.天井は吸音性を持ったボード類,床はカーペット敷きです.天井裏には配線などのためのスペースも兼ねて空気層が取られ,また壁際の部分は10cm程度の隙間が開いています.一般に廊下は固い材質の壁面で囲まれ,吸音不足で音が響きやすいものですが,ここはあまり音が響かず比較的静かでした.

 



岩手県の盛岡市にある盛岡市民文化ホール小ホールの内部側壁です.ここは300人程度のホールですが30ストップ程度のパイプオルガンもあり,本格的な音楽ホールを意識した設計をされているようです.上部の黒い部分は厚手のカーテンで,これを開閉することで残響時間を若干調節できるように作られています.この写真は閉まっている状態です.

 



同じホールで,カーテンが開いた状態です.この状態のほうがカーテンの分の吸音力が減るため,若干吸音時間が長くなります.あまり大きな違いは感じられませんでしたが,コンサートの場合は通常カーテンを開けた状態で使用するとのことでした.

 


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