音響学講義ノート No.7
室内音響とコンサートホール(その3)
★室内音場の予測
- 予測の必要性:コンサートホールの設計において,設計段階でそのホールの音響特性を予測することは,所望の音響特性を実現するためにぜひとも必要.
- 予測の方法:
大きく分けて,理論計算による方法と,
実験
による方法がある.理論計算については,さらに大きく分けて2つの考え方がある.一方,実験については,実物を実際に作って実験することは通常は不可能であるので,模型による実験が行われる.
- 音場予測理論の考え方:
主なものとしては,以下の2つの考え方がある.
- 幾何音響学的手法:音の波動性を無視して扱うもので,直接音と反射音の間の干渉や,回折などの波動現象は起こらず,光と同じように直進および幾何学的反射のみで音の伝搬を記述するもの.したがって,幾何音響学によって得られた結果は,あくまでも近似的なものであり,特に波動性を無視した結果,低音域では誤差が大きくなる傾向が著しい.幾何音響学的手法としては,以下の2つの方法が主なものである.(1)音線法:音源から出た音をあたかも光の問題における「光線」のように「音線」として表わし,その音線の一つ一つが壁や天井などの反射面でどのように反射されていくかを追跡する.(2)鏡像法:反射音を,反射面を挟んで音源と線対称な位置にある「鏡像音源」から出た音波と解釈し,初めに各面での反射音に対応する鏡像音源を求めておき,それぞれの寄与を計算する.
- 波動音響学的手法:音の波動性を考慮して解析する方法.音場を記述する微分方程式(波動方程式)を基礎として,これを何らかの方法で解いて音場を求める方法である.波動音響学によれば,幾何音響学よりも精度の高い計算が可能であるが,多くの場合解析が難しく,コンピュータによる数値計算を利用することになるが,計算量が膨大になるため,ホールのような大空間の解析にはあまり実用的でない場合が多い.
- 模型実験:
実験では,縮尺1/10の模型が使われることが多いが,1/20程度のものが用いられることもある.縮尺模型の中で音を発生し,それを直接測定あるいは収録して分析する.その場合,縮尺に応じて実際よりも高い周波数の音を使わなければならない.例えば,縮尺が1/10であれば,実際の10倍の周波数の音を使って測定を行う.したがって,模型室内は実物のホールと同じ材料ではなく,10倍の周波数に対して実物と同様の音響特性を示す材料を使って仕上げることになる.
- 各予測方法の長所と短所:理論計算の長所は,なんといってもコンピュータ一台で実施できることであり,時間的にも経費的にも有利である.しかし,一般に計算の精度を高くするためには非常に計算の量が多くなり,現実的でない場合も多い.これに対し,模型実験は模型の制作を適切に行えば,実物によく近似した結果が得られるため,予測精度の点からは優れているが,そのためには経費が非常に多くかかるのが短所である.
- 予測のターゲット:通常は,室内音場の物理的な諸特性(残響時間,反射音の特性,音圧分布など)を予測すること.ただし,本当は物理的な特性が分かっただけでは不十分で,その物理的条件に対して,人間がどのように反応するか,すなわち心理的・主観的な評価をも予測することが必要である.これは,各々の心理的な評価が物理的な量とどのような関係にあるかが明らかであれば,物理量を予測すれば十分であり,求まった物理量から心理評価がどうなるかを予測できる.しかし,現在ではまだ十分には両者の関係が解明されていない.
★新しいホールの設計法
- ホールの音響評価は,最終的には人間の聴感に基づく主観的な評価であるから,音場に対する心理的評価が必要である.しかし,上述のような音場予測によって得られるのは物理的な特性であり,それらと心理的評価との関係も全てが明確になっているわけではない.したがって,最近の設計法では「可聴化」(オーラリゼーション)と呼ばれる方法によって,予測計算の結果を利用して実際に音として聞いてみて評価する方法が,しばしば行われるようになっている.(pp.138〜142)
- 可聴化の方法:理論計算の場合は,ある受音点に到達する全ての反射音を計算する.このデータと音楽信号を「畳み込み」と呼ばれる計算によって処理すると,その受音点で聞こえる音を実際に聞くことが出来る.模型実験の場合は,模型室内で音楽を再生して録音すればよいが,このとき前述のように模型の縮尺に応じて周波数を上げておく必要がある(例えば1/10なら10倍).このようにして録音したものを,1/10のスピードで再生すれば,実物のホールでの音が聞ける.このようにすることで,設計図の段階でも完成後に予想されるホールの音を聞いてみることが出来る.
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