2017.07.18
2013年ノーベル化学賞Martin Karplus 博士についての思い出とその後
 2013年のノーベル化学賞は、タンパク質などの複雑な系で計算機を用いた理論研究を行った3名に授与されたが、先日そのうちの一人Karplus博士の話が出た。同じタンパク質を題材にした研究であっても、実験家の私が理論の大家の研究についてコメントすることは恐れ多いが、実は昔、逆のことが起こったことを思い出したのでここに記しておく。

 それは、1996年ごろに私がタンパク質熱力学的安定性研究の世界的権威Privalov博士よりJohns Hopkins大学に招待された事に遡る。タンパク質分子が2つ会合した状態から、一つ一つにバラバラになる際、エントロピー(乱雑さ)が増大すると考えられるが、その大きさはどの程度なのか、という甚だ基礎的かつ重大な問題を解決することを目指した共同研究を行うためである。私の持っていたタンパク質系を用いて世界最高峰の熱測定装置で超精密に測定し、1997年に"The entropy cost of protein association." という大きなタイトルで論文を発表した(Atsuo Tamura & Peter L. Privalov, J. Mol. Biol. 273, 1048-1060. (1997) Nov 14)。

 驚いたことに、確か出版から数週間も経たないうちに、フランス滞在中のMartin Karplus博士から我々に手紙(現在のようにE-mailではなく、Air Mailの本物の手紙!)が届いたのである。Karplus博士のことは、私が学生時代から来日講演も拝聴したし、研究上でも"Karplusの式"を始め多くのご研究を引用させて頂いていてお名前を存じ上げてはいたこともあり、この手紙には大変驚いた。特に、私達のような実験研究にも常に目を光らせて頂いており、電光石火の如く反応するその姿勢に大変感銘を受けたのである。

 さて、その手紙の内容であるが、「このような研究は大変意義があるが、この実験結果と我々の理論計算には相違点があり、その理由は得られた実験結果が意図したものと異なるのではないか云々」ということであった。さらに、このテーマは大変重要であるため、何とこの手紙の内容コメントが、後に学術誌に掲載され (M.Karplus and J.Janin, Comment on: 'The entropy cost of protein association' Protein Engineering 12 185-186, (1999))、さらにこのコメントに対する我々の見解が掲載されるという事態になった(P.L. Privalov & A. Tamura, Comments on the Comments, Protein Engineering 12 (1999) 187)。このどちらも「査読付きの論文」扱いとなり、revise(修正稿)が必要であるほど本格的なものである。実は、「我々」のこの反論は主として結構頑固者でもあるPrivalov博士が記述した内容であり(筆頭著者がPrivalov博士になっていることからもわかるが)、かなり攻撃的な文章でこちらは冷や冷やしたものである。

 そこで私の見解を(今さらながらであるが、、、)ここに記しておくこととする。まず前提として、我々の元論文のProtein association過程のエントロピー値(-5 cal/mol/K)は実験的にはこれ以上不可能なほどの最高レベルの精度で求めた値であり正しい自信がある。問題はこれが、「何の」エントロピーを示すかである。実は、単純に1つの過程のみに対応させることはできない(例えば、巨大分子であるタンパク質の様々なモードのエントロピーだけでなく、溶媒の水分子のエントロピーなども考慮が必要)ので、議論百出となってしまう。しかし、最も重大な1つの過程は何かと言えば、このエントロピーは、「タンパク質のdenatured状態での2本がつながった鎖が、1本ずつの鎖にバラバラになる過程に相当するエントロピー」であることを強調しておく。

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