研究室における研究スタイルや指導方針などについて説明します。具体的な研究内容の詳細は「
研究内容 」を読んで下さい。
・「物性物理学」における研究とは
今の現代物理学は量子力学の誕生以来100年の歴史を経て、研究テーマは細分化され、研究(実験)手法も深化しつづけていいます。「物性物理学」とひとくくりに言うとすべての研究が同じ内容の研究を行っているようにも思えますが、対象は液体から分子や固体、その物理的性質は絶縁体から金属、磁性、超伝導など多様です。また、研究手法もミクロな手法からマクロな手法まで多岐にわたり、手法により引き出すことのできる物理量も異なってきます。したがって、研究室が違えば、同じ物質を扱っていても違う観点からの情報を得ることができますし、研究手法によって結果に直結する実験もありますし、そうでないこともあるわけです。このような中、我々の研究室では、得意とする実験手法(NMRや高圧・強磁場・極低温技術、単結晶試料作製)を最大限生かすことのできるような研究テーマを選んで研究教育を行っています。 もちろん、物理学の歴史からもわかるようにテーマのほとんどは、半年やそこいらの短期間で決着の付くようなものはなく、長期的視点に立ちながら、そのなかで1~2年程度の短期的な目標をたてステップを踏んで研究を行っているわけです。研究者としての使命は、新発見・新現象・物理的解釈を論文という形の文化遺産として後世に残すことです。そのなかで、研究室学生さんの役割は、学術上の未解明な点における1ステップについて物理的背景などを勉強するとともに実験的研究を通して物理的思考を身につけることにあります
・研究テーマについて
研究室見学会などで「自分の興味深い研究テーマがあり、そのテーマの再現実験をやってみたい」といった質問を受けることがあります。 私たちの研究室では少なくとも既知の結果を再現するような研究は行っていませんし、4年生でも可能な限り、新しい研究テーマになります。 新しい知見を得る有効なテーマを選ぶためには実験機器の特性や研究の背景を知る必要があるので、残念ながら、自分で勝手に研究テーマを選ぶことはできません。4年生や、修士課程では、研究室の研究方針に従い、いくつかの候補の中から好きなテーマを選んでもらっています。最初のうちは機器の特性や使用方法、データの解析方法を習得するための「準備期間」が必要になります。我々の研究室ではM1の中頃には、「準備期間」を脱し、装置の使い方も習熟しますのでスタッフと相談しながら自主的に実験計画をたて、研究をしていくことになります。もちろん、さらに経験を積んだ博士後期課程では、学会等において興味を持った研究テーマがある場合、スタッフと相談しながらそのテーマを研究していくことも可能です。
・実験的研究への心構え
実験的研究では経験豊富な研究者が研究に専念しても、研究成果を論文として世に出すまでは早くて数ヶ月はかかるものです。したがって、研究手法に対する知識・経験を持たない場合、機器の取り扱いや実験手法、データ解析について知っておく必要があります。これらは、講義やセミナーを通して、あるいは、先輩やスタッフに教えてもらいながら学ぶことになります。1つの実験手法を1人で実験をして、発表できるようなデータをとることができるようになるまでに、個人差はありますがだいたい半年から1年程度はかかります。この時点で、ようやく先端研究の入り口に立つことができるわけです。この「準備期間」なくして研究を進めることができません。また、どんなに経験を積んでも、実験的研究では液体ヘリウムのくみ出しなど研究室メンバーの協力なしに実験できないものもあります。 一歩間違うと大事故につながったり 、最先端機器であるがゆえ故障すると研究室全体に迷惑をかけることになりますので、当然のことですが協調性も求められます。多くの経験に加え、周りの協力に支えられながら「自由」に実験(研究)できるようになるわけです。これらは、他大学の実験系研究室に進学した場合でもおおむね同様です。
・実際に配属されてから
4年生から大学院進学希望の方は、試験勉強もありますので、本格的に実験的研究を開始できるのは実質9月以降となります。4年生から引き続き本研究室へ進学する方は、M1でようやく先端研究のスタートラインに立てることになるわけです。一方、他大学から修士課程で進学してくる学生さんは、卒業研究でどのような研究を行ったかの経験にもよりますが、一通りできるまでにはだいたいM1の夏ごろまではかかります(これはやる気次第で短くすることができます)。最先端テーマの研究内容について議論できるレベルに達するのに概ね1年以上かかるため、我々の研究室では修士課程が先端研究における最初のステップと位置づけています。実際に、我々の研究室に進学した学生さんは、M1の秋には日本物理学会や研究会でポスター発表を行い、その後、学会での口頭講演や国際会議での発表を行っています。修士論文ができる頃には、第1著者や第2著者として貢献度の高い学術論文を世に送り出しています。
・主な就職先
この6年間の修士卒の就職先は以下のようになっています。
村田製作所×2、株式会社デンソー、コベルコシステムズ、ダイフク、ダイキン工業、タイガー、コベルコ科研×2、住友電気工業、三菱電機、高校教員
物性物理(固体物理)のすすめ と これから現代物理を学ぶ人たちへ
(物性物理に携わって) 藤 秀樹
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物理は、読んで字のごとく科学の根本をなすもので緻密な法則を探求する学問ある。物理学という分野を大きく分類すると以下のようになるだろう。
宇宙物理学 ・ 天体物理学 ・ 地球物理学 ・ 固体物理学
分子物理学 ・ 原子物理学 ・ 原子核物理学 ・ 素粒子物理学
ここで、私の専門分野である「固体物理」の宣伝をしておこう。「固体物理?」あまり聞いたことないのではないだろうか?みなさんのなかには、宇宙論や素粒子物理などにあこがれて物理学科を目指した人も多かろう。当然のことである。以前、何度か実験や演習で1年生や2年生に「固体物理」の認知度のアンケートを採ったが、「固体物理あるいは物性物理」という分野があることを知っているという人は、毎年30名中2人くらい(多い年で5名位)で、それも教養ゼミで知ったというのが理由である。昨年だったか、MgB2の超伝導発見のおかげか、5名くらい答えてくれたのはとても嬉しかった。
この原因は、我々物性物理学研究者の怠慢(宣伝不足)も否めないが、高校までの教科書にも多少なりとも問題があるのではと思っている。ちなみに、高校教科書に対する不満としては、高校の物理では前期量子論までが載っており、原子核とかそういったところで終わっており、そこから、多数が集まった場合の物理への架け橋が書かれていない。原子・イオン・粒子の結合、や気体についての記述は、化学の教科書に書かれているのだが、これこそ、原子から集合体への架け橋のところで、まさに物性物理の最も面白いところの基本となるところなのである。この”面白いところ”を化学の教科書にもって行かれているのは、実に憂慮すべきことであるとおもっている。つまり、高校の教育から物性物理は化学で習うものであるという、概念?を無意識のうちに植え付けられているようである!
また、NHKスペシャルや科学大衆紙ニュートンなどでは、相対論や宇宙論、素粒子物理など大きく取り上げられ、これらが現代物理の主流であるように聞こえる。たしかに、究極の粒子を見つけるとか宇宙の誕生を探るという内容はエレガントでロマンに満ちあふれ物理を志すものにはとても響きがよい。特に宇宙の星の絵は綺麗だし、物性物理研究者の中にもアマチュア天文家がいるくらい魅力ある分野である(ただし、天文と宇宙物理は素人ながら違う分野であると理解しているが。。?)。一方、「固体物理」はというと、何となく泥臭いような感じがするし、名称を聞いただけでは興味がわかないのではないだろうか?実際、我々が見せられる絵と言えば「黒っぽい固まり」や「少しきらきら光っている固まり」をこれが「・・・の超伝導体です」というのが関の山で、実に冴えない。
私も、大学にはいるまで、「ご冗談でしょうファイマンさん」を読み、素粒子理論や原子核物理などにあこがれてたし、固体物理がなんたるかを全く知らなかった。丁度、大学に入ったころ、高温超伝導フィーバーをきっかけに固体物理という分野を知った程度である。ところが、この業界に入って日本物理学会で発表する際、初めて手にしたプログラムを見て驚いた。プログラム中で、素粒子・原子核・宇宙物理研究者は2割程度であり、8割が固体物理もふくめた物性物理の研究者なのである。そのときは、「へ~!!」という程度であったが、周期律表上の103個の元素の組み合わせ(500万とおり以上)だけ物質があるので、相応の研究者が必要であると自分なりに勝手に理解している。実際、毎年のように新しい物質が見つかっているわけだし(新聞に載るような物質は数年に1度くらいではあるが。。。)、研究テーマは物質の数だけ作れるのだから。。。。(ちなみに、私の場合、重い電子超伝導、スクッテルダイト、多極子秩序、非フェルミ流体、重い電子磁性、ラットリング、ハフニウム超伝導、フラーレン超伝導、鉄系超伝導と数えただけで、今すぐにでもやりたい面白いテーマは少なくとも10以上はある!!)。
ところで、話は変わるが、みなさんは科学には階層構造というものがあることをご存じだろうか?実を言うと、上述の分野の並びは、おおよそ階層の順に列べたつもりである。他の分野の詳細は分からないので、物性物理研究のもつ意義を歴史的な背景を例にとって話そう。
歴史的な事実として20世紀前半までは、物質の究極の構成要素であるいろんな素粒子と、その間の相互作用を調べる方向で物理学は進歩してきた。実際、1970年頃まで、"
Simple Is Beautiful " という考えが根底にあり、素粒子とその相互作用を支配する法則が自然界の基本法則であると考えられていた。つまり、素粒子物理や核物理が真の物理であり、多数の素粒子の凝集体である固体の研究は、素粒子で見つけられた基本法則の応用であるという考えが支配的であった。
ところが、素粒子の集まりである原子が配列してできあがった原子集団としての固体は、孤立した原子、すなわち、素粒子について想定している世界と対称性の異なる世界(
broken symmetry )を作っているために、" Simple Is Beautiful "によって構築された概念では到底理解できない現象が多々起こり、素粒子を支配する法則とは異質の新しい法則が生まれる。つまり多数が集まれば新しい性質が生まれる (" More Is Different ") のである。これは、人間界では集団とその中の一人との関係として例えられるかも知れない。例えば、集団を構成するある人の性格があまねく理解されたとしても、その人の意志や性格は集団のもつマクロな意志や性格とは必ずしも同じではない。ましてや、時としてその人の意志と反する方向に所属する集団の意志が動く状況さえある(みなさんも経験あるのでは)。素粒子物理とその集合体の固体物理は違う階層の物理なのである。
物理に戻ると、超伝導現象や磁石としての現象(磁性)等がその一例である。もちろん固体物理の中でも、階層構造があり、その階層構造独自の法則が物質なり現象なりをカバーしている。例えばサッカーボール状に炭素が配列したのフラーレンからなるフラーレン超伝導体では、高温でフラーレン分子の回転運動などがあり、単純な金属超伝導体の高温の性質とはことなった振る舞いが見られており、研究対象の一つとなっている。つまり、そこに通常金属という階層とは違った分子性結晶という階層があるわけである。
この階層構造の概念は物理のみならず自然科学全般に当てはまることをノーベル物理学賞受賞者のP.W. Andersonが米科学雑誌SCIENCE (4 Augast 1972, Volume 177, Number 4047, pp393-396)に
" More Is Different
-- Broken symmetry and the nature of the hierarchial structure of science''
という題で述べている。興味ある人は、是非、読んでみてください。
固体物理のたいていの現象には量子力学の申し子である" スピン "が関与してくるし、また、固体の性質はその中にあるアボガドロ数個程度の電子が関与しているため、統計的な取り扱いも重要になる。相互作用するものが沢山あるために単純な1体問題では扱えず、多体問題("many body problem")として取り扱わなければならない。 水素原子のシュレディンガー方程式は電子を2個にした途端に解析的な解が得られなくなることを量子力学で学ぶ(んだ)であろう。多体問題の単純なたとえとしては、人間界で言えば三角関係はいい例かもしれない。恋人同士だけでもいろいろ大変なのに、新たに一人加わると事情が一気に複雑になることを容易に予想できるだろう。展開が予想できないだけにテレビドラマもつくりやすいのかもしれない。 物理の世界において、この複雑な多体問題こそ固体物理の本質であり、多くの複雑な相互作用の中から如何に必要な相互作用を見抜けるかが鍵であり、理論・実験の両面から精力的な研究が展開されている。そして、多くの複雑な相互作用の中から、その階層を支配しているであろう相互作用を見つける宝探しこそ" More Is Different "の醍醐味である。
わたしは、この宝探しをNMRという実験的な手段を用いて、新しい実験結果が出るたびに、一喜一憂しながら楽しんでいる。
みなさんも、この宝探しに参加して私たちと一緒に一喜一憂してみませんか?
参考文献
P.W. Anderson、SCIENCE (4 Augast 1972, Volume 177, Number 4047, pp393-396)
金森順次郎他著 固体ー構造と物性 岩波講座 現代の物理学