研究トピックス


人類が利用できる「宇宙」で生起している様々な現象や宇宙環境の工学的利用について、 大規模計算機シミュレーションによってバーチャルな宇宙空間を用いて詳しく解析し、 実際の宇宙システム技術開発の基礎データ取得や宇宙機近傍環境の定量理解に役立てる。

以下に示すように、現在行っている研究は、それぞれ「シミュレーション解析による宇宙環境理解」という側面と 「高精度な宇宙環境解析に向けた計算機シミュレータの高性能化」という側面をもつ。 学生の研究テーマとしては、個々の興味を重視しどちらの側面から研究を進めるかを相談して決める。
本研究グループで行う研究テーマの中には、直接企業とタイアップしたものもあるが、 欧米の宇宙科学研究者との共同研究も多く、 宇宙分野に触れてみたい人にはうってつけである。

計算科学の観点からみると、 スーパーコンピュータを用いた大規模計算機シミュレーションは今後様々な分野で有効利用されるが、 そのノウハウと経験を学生時代に十分に培っておくことは非常に意義深い。



取り組んでいる卒論・修論研究一覧


月の磁気異常における静電環境に関する粒子シミュレーション開く

月は地球とは異なり大気や全球規模の固有磁場を持たないため、月面に太陽から放出される電子やプロトンなどの荷電粒子(プラズマ)が衝突・蓄積することで帯電し表面近傍に静電場を形成する。一方で、月は地球のような全球規模の固有磁場を持たないが、磁気異常と呼ばれる局所的に磁化された領域を複数有する。このような領域の内部では太陽から放出される電子やプロトンと磁気異常との相互作用によって通常の月面とは異なる静電環境が形成される。しかし、観測データの不足により高度30km未満での個々の磁気異常の静電構造は明らかとなっていない。このような領域での静電構造を明らかにすることによって月面上空を浮遊するダストの挙動の理解等、今後の月探査への寄与が期待される。
本研究では、研究室で開発されてきたプラズマシミュレータEMSESを用いた粒子シミュレーションによって、磁気異常領域内部の月面付近の低高度における静電構造および帯電過程の解明を目的としている。その結果、観測されているものより小規模な数百m規模の磁気異常においても強力な電場を形成することや、その電場形成に際して光電効果によって磁気異常領域内部の月面の帯電を緩和する可能性が示唆された。今後、異なる太陽風プラズマ条件や磁場構造での月面帯電の評価を行う。

 小規模磁気異常の電位分布

 反射される電子軌道の可視化

月面人工構造物の帯電特性およびその緩和手法に関する粒子シミュレーション開く

多くの国で有人月探査を含む月探査計画の検討が加速している。これに伴い、月面基地や探査機を想定した人工構造物やその周囲の電気環境の帯電現象に関する定量的把握に対する要求が生じている。月探査計画においては、月に物資を運び、月面拠点を建設し、人類が持続的に活動を行うことが計画されている。この過程で、人類が持ち込んだ着陸機や月面車、建造物なども帯電する。したがって、現在認識されている月面の帯電よりも局所的に複雑な電気環境が形成される可能性を考慮し、その特性を事前に把握する必要がある。
本研究では、プラズマ粒子シミュレーション技術を用いて、月面や人工構造物、周囲の電気環境の帯電現象について調査することを目的とする。月面上に数十mスケールの複数の構造物を置き、太陽光を斜めから照射した際、シミュレーション結果としてその構造物間に1.電子温度に相当する電位差が生じることが確認された。そこで、意図的にプラズマ粒子を放出する電位差緩和用プラズマ放出装置を想定し、電位差緩和を模擬したところ、構造物間の電位差を最大30%程度緩和できることを示す結果を得た。このような装置は、今後月探査ミッションを行う上で、重要な役割を果たすと考えられる。

 放出電子

 イオン

放出電子(左図)およびイオン(右図)の電流密度分布および電流ベクトル図

 イオン

構造体周辺の電位分布図

彗星起源高密度プラズマの表面じょう乱に関する粒子シミュレーション開く

彗星は、太陽系が形成された当時の特徴を今でも有している可能性が高く、太陽系形成について解明する大きな手かがりとなることが期待されている。彗星調査では、コマと呼ばれる彗星起源の高密度プラズマの構造や、そこで観測される波が注目されている。しかし、過去に実施された彗星への実探査においてはミッションの性質上、彗星プラズマ波動環境や構造を包括的に解明できるに足るデータは得られず、未解決の問題が数多く存在している。このような背景の下、彗星の多点観測調査ミッションも計画されている。 本研究はミッションに先駆けて、電子とイオンどちらも粒子として扱ったプラズマ粒子シミュレーションを行い、コマの構造、特に磁場に垂直面で見られる乱れについて調査することを目的とした。
密度分布形状において確認されたじょう乱は「低域混成ドリフト不安定性(LHDI)」と呼ばれる不安定性によるものであり、背景プラズマ(太陽風)の対流に伴う電場や、電子とイオンが分離することによりそれを妨げる力として生まれる分極電場が重要である事が分かった。つまり、それらの電場に影響を与える彗星の速度、密度がじょう乱の発達に大きく影響を及ぼしている事が分かった。



プラズマ波動観測用アンテナの低周波域特性に関する粒子シミュレーション開く

宇宙空間におけるプラズマ波動観測は、その詳細解析によって宇宙プラズマダイナミクスおよび波動-粒子相互作用の理解に貢献するとして、今日まで我が国における重要な探査対象とされてきた。波動観測には電界成分を観測するセンサー(ダイポールアンテナ)が科学衛星に搭載されており、計測回路上で得られた電気信号はアンテナや回路の電気特性に基づき較正が行われている。しかしアンテナ特性は周囲のプラズマの存在によって大きく変化し、またそのパラメータに依存しており、精確な波動データを得るためには宇宙プラズマ環境中のアンテナ特性の定量的な理解が必要である。本研究では、プラズマ中のイオンの挙動が重要となる低周波域のアンテナインピーダンス特性について、三次元粒子シミュレーション(EMSES)による解析を実施した。 シミュレーションの結果、ある周波数において特異的なアンテナインピーダンス共振が観測された。このことについて宇宙プラズマ波動との関連性を考察するために、本研究では波動分散関係(ω-k)に着目した。シミュレーションから得られた電界データから導出した波動分散関係とインピーダンス結果を照らし合わせたところ、インピーダンス共振は、特定の波数(k_half)をもつ低域混成波の電気エネルギーがダイポールアンテナの回路内に作用したことで起こっていると考えられる。この結果は、特定の波動モードと関連して電界センサーと周囲のプラズマの電気的結合度合が変化していることを示しており、その性質がインピーダンス特性にも反映されていることを示唆するものである。


LHR周波数近傍でのアンテナインピーダンスの変化(左)
とシミュレーション値から導出した波動分散関係(右)

火星上層大気DSMCシミュレーションへの動的負荷分散機能の実装開く

火星上層大気は通常の大気に比べて非常に希薄であるため、流体として扱うことができず、シミュレーションの際には個別の分子の運動や衝突過程についても考慮する必要がある。このような希薄気体の流れを計算するための手法としてDSMC(Direct Simulation Monte-Carlo)法が挙げられる。MPI並列下においてDSMC法を用いたシミュレーションを行う際、問題の1つとなるのが特定のプロセスへの計算量の偏りによる計算性能の低下である。DSMC法を用いたシミュレーションでは分子間の衝突処理の記述のため、並列化手法として領域分割法を採用している。しかし、計算空間中の粒子分布の偏りが発生することで特定の領域・特定のMPIプロセスに粒子が集中して全体の計算速度を律速し、プロセス並列時の計算性能の劣化が起こってしまう。
そこで本研究では、1次元DSMCシミュレーションにプロセス間動的負荷分散手法”OhHelp”を導入し、シミュレーションの高速化を図る。OhHelp法とは、各計算ノードが本来担当する領域以外に他のプロセスが担当している領域を分割して担当し、その領域内の粒子計算を手助けすることによりプロセス間の負荷均衡を実現するアルゴリズムである。1次元DSMCシミュレーションコードにOhHelpの導入を行った結果、シミュレーション空間内に十分に粒子が存在する状況下においては動的負荷分散機能による計算性能の改善が見られた。今後の展望として、シミュレーションコードの機能拡充や多次元化を行い、コードとしての実用性を高めていく。


月面の微小な凹凸に起因する特異な帯電過程に関する粒子シミュレーション開く

月は地球とは異なり大気や固有磁場をほとんど持たず、月面は太陽風の影響を直接受ける。このような状況では、太陽から放出される電子やプロトンなどの荷電粒子(プラズマ)が衝突・蓄積するため、月面は帯電し表面近傍に静電場を形成する。従来から月クレーターや縦孔周辺での地形形状に依存する特異な表面帯電の様子が報告されており、当研究グループでは月面の物質輸送に関わる「帯電ダスト」挙動との関連性において月面帯電の研究が進められてきた。しかしながら、帯電ダストの駆動機構は十分に解明されておらず、観測よりも小さなダスト挙動の解析に留まっている。 本研究では、研究室で開発されてきたプラズマシミュレータEMSESを用いて、クレーターや縦孔のような地形スケールよりも微小なスケールの凹凸に起因する帯電過程の定量評価を行った。このようなスケールではプラズマが持つ電場を打ち消す効果が十分に発揮されず、シミュレーション解析によって深い空洞内部で太陽風プロトンを駆動源とする非常に強力な電場が形成されることが明らかとなった。この結果は、月面の岩石・砂礫等によって自然に形成される凹凸内に強力な静電場が発生しうることを示唆しており、帯電ダストの駆動機構への新たな視点を与えるものである。今後、帯電ダストの駆動への寄与の定量評価や太陽風プラズマ条件・表面形状への詳細な依存性の評価を行う。

粒子シミュレーションによる水星固有磁場と太陽風イオンとの電磁的相互作用に関する研究開く

宇宙空間に存在する天体の中には、その天体に固有の磁場を持つものが存在する。この磁場と太陽風プラズマの相互作用によって、プラズマが天体の固有磁場に支配されている領域が発生する。この領域は磁気圏と呼ばれている。地球は固有磁場を持つため、磁気圏を持つ天体の1つである。太陽系の地球型惑星の内、地球と同じように磁気圏を持つものは水星だけであり、地球と水星を比較することは、地球の磁場、磁気圏、さらには宇宙に存在する様々な磁気圏を理解するための手がかりになるだろう。現在日欧共同の国際水星探査計画「ベピコロンボ(Bepicolombo)」が進められており、2025年後半に水星に探査機が到達予定である。本研究ではそれに先駆けてシミュレーションによる解析を行っている。
本研究では、イオンを粒子、電子を流体として扱うハイブリッド粒子シミュレーションを用いる。現在主に着目しているのは、磁場及び電流の3次元構造において見られた層状の構造である。このような構造が見られる原因は、プラズマの密度と磁場の強度の相関関係や、磁場に垂直な方向と平行な方向で温度に異方性が存在することから、ミラー不安定性であると考えられる。

 水星へ向かう探査機

水星へ向かう探査機

 電流に見られた層構造

電流に見られた層構造

磁気圏環境変動を考慮した人工衛星帯電解析手法の開発開く

宇宙は真空ではなく、イオンや電子といった荷電粒子により構成されるプラズマに満たされている。このプラズマは太陽から恒常的に放出される太陽フレアなどに由来しており、地球の磁場と作用してその磁気圏に特異なプラズマ環境を生み出す。近年では、このようなプラズマ環境を含む宇宙空間の環境を宇宙天気と解釈し、人工衛星などの社会インフラとの相互関係を解き明かす研究に注目が集まっている。  本研究のテーマは宇宙天気変動と人工衛星帯電現象の関連性を解き明かすことである。人工衛星の故障の主要因は大規模太陽風に伴う宇宙天気擾乱により、人工衛星が多大に負に帯電する為とされており、本研究では宇宙天気変動の数値計算を行う磁気流体MHDシミュレーションとOML理論による人工衛星帯電数値解析シミュレーションの連成計算を実施することにより、如何なる状況下で人工衛星が大きく負に帯電しやすくなるかを調査する。また、実際の人工衛星故障事例と本連成シミュレーションによる解析結果との定性的な比較を行うことにより、連成シミュレーションの設計指針の妥当性を確認する。  本シミュレーションによる解析の結果、太陽から見て地球の裏側に存在する弧状の「高エネルギープラズマ帯」と「地球による影」が人工衛星の負帯電に大きな影響を及ぼすことが判明した。また、アメリカの通信衛星「Galaxy-15」の故障事例の報告書とシミュレーションによる解析結果に定性的な一致を確認できたことから、連成シミュレーションの設計指針の妥当性を確認できた。  本研究の今後の展望として、太陽のリアルタイム観測を本システムに組み込みこみ、地球周辺を周回する人工衛星帯電値の予報や故障可能性をアラートすることにより、人工衛星故障による社会への影響を最小限に抑えることが可能となると考える。

なお本研究は神戸大学・九州大学・京都大学・東北大学による共同研究である。

低温プラズマの電波散乱現象解析に適した数値シミュレータの開発開く

人類が宇宙空間で運用する実用衛星や科学探査、さらには将来に計画される月探査計画の全てにおいて、電波通信は欠かすことのできない基盤技術となっている。しかし宇宙空間上に存在する荷電粒子の集団であるプラズマによって、宇宙では地上とは異なる電波現象が発生する。
その例として電波の反射がある。宇宙空間上で高密度プラズマ層に電波が入射すると、見えない金属壁にぶつかったかのように電波は反射してしまう。つまり、宇宙空間上のある2点間で通信をする際、その間に高密度のプラズマが存在すると電波は遮断されてしまい通信ができない。さらに電波の減衰現象も発生することがある。この現象は上記の電波の反射とは逆に、金属物体の周辺に特定の条件のプラズマが存在すると、当物体に向けて電波をぶつけた際の反射波が大きく抑制される現象が起きる。この現象はプラズマによるステルス効果が付与されることがあることを意味し、レーダーを使っての物体検知に支障をきたす可能性を示唆する。
本研究では電離圏などを想定した低温プラズマの電波散乱現象解析に適した数値シミュレータを新規開発し、荷電粒子環境下での電波散乱シミュレーションを行っている。シミュレーションではプラズマで覆われた金属物体に対して電波を照射してその物体から反射する電波を計算することで、プラズマによる電波散乱への影響を定量的に評価している。

 プラズマ層を持つ金属物体への電波照射

プラズマ層を持つ金属物体への電波照射

 プラズマ層をもつ金属物体から散乱する電波

プラズマ層をもつ金属物体から散乱する電波

メニーコアクラスタ向け動的負荷分散プラズマ粒子シミュレーターの開発開く

本研究では1チップに数10以上のCPUコアを持つメニーコアプロセッサを搭載したコンピューター・クラスタ環境に向けたプラズマ粒子シミュレーター開発を行う。メニーコアクラスタで効率的なプラズマ粒子シミュレーションを行うために、
1. SIMD演算機構の利用(コア内並列化)
2. 多数の演算コアを用いた数100並列度におよぶ共有メモリ並列(スレッド並列化)
3. 独立なメモリ空間を持つメニーコアプロセッサ搭載の計算ノードを複数ノード用いた分散メモリ並列(プロセス並列化)
の異なるアーキテクチャ階層からなる三階層並列化を施す。

1のコア内並列では、粒子データをSoA(Structure of Array)構造で定義し粒子計算の内部ループ間での依存性をなくすことにより、1命令で複数のデータを同時に処理するSIMD (Single Instruction Multiple Data)演算を利用した高速化を図る。メニーコアプロセッサが持つ多数の演算コアを利用するため、2では色付け法と呼ばれるスレッド間のアクセス競合を防ぐためのアルゴリズムを用いたスレッド並列化を行った。3のプロセス並列化では、計算領域をプロセス毎に分割した領域分割法による並列計算が実装されている。

この領域分割法は、プロセス間で計算粒子を均等に分割する粒子分割法と比較して、プロセス間で電流密度の加算処理が必要ないという点で優位性を持つ一方、プロセス担当領域内の粒子数に偏りがある場合に並列化効率が得にくいという欠点が存在する。この問題に対処するため、本研究ではOhHelpアルゴリズムを用いた動的負荷分散機能を実装した。これにより、粒子分布に依らず粒子計算コストをプロセス間で均等に分散することに成功した。

3階層並列計算による高速化

3階層並列計算による高速化

負荷分散による性能向上率

負荷分散による性能向上率

電子流体モデルに基づく宇宙機推進ビームシミュレータの開発開く

人工衛星の推進法の一種であるイオンエンジンでは、イオンビームと同時に、放出したイオンビームを中和させるための中和電子を放出する。この際、放出した中和電子が上手くイオンビームと中和せずに衛星に流入することにより、衛星の電位低下による故障の原因を引き起こす場合がある。
 当研究室ではこの問題を解消するため、これまでの三菱電機株式会社様との共同研究において、「宇宙機推進用イオンビームシミュレーション解析」の研究を行ってきた。しかしこの研究においては、放出されるイオン及び中和電子に対して粒子運動方程式を解くことでそれぞれの粒子運動を求める必要があるため、中和電子の運動変化に合わせた非常に細かい時間ステップを設定する必要があり、現実的なシミュレーションモデルを用いた解析が困難であるという問題点があった。
 本研究ではこの問題を解消するため、電子の流体近似モデルを使用することにより、シミュレーションにかかる計算時間を削減することを試みた。電子を流体近似することにより、粒子運動方程式を解くことなく中和電子の運動変化を求めることができるため、イオンの運動変化に合わせた時間ステップの設定が可能となった。これにより、イオンと中和電子の質量比分時間ステップ幅の増加が可能となり、従来のシミュレータと同等の出力を得ながら、計算時間を約1/180に抑えることに成功した。

 イオンエンジン

イオンエンジン

 電位分布のテストシミュレーション

電位分布のテストシミュレーション

宇宙環境シミュレーションのための荷電粒子ダイナミクス統合解析ツールの開発開く

当研究グループでは、プラズマ波動現象やプラズマ擾乱、プラズマ粒子ビームなど、太陽系近傍の宇宙環境や人工衛星周辺の理解、さらには工学的な応用に関する研究を行っているが、それらは、宇宙環境下におけるプラズマ密度、電位、電界や磁場等のマクロパラメータに着目し、解析することが通例であった。これより、今後の研究発展に寄与する題材として、プラズマ粒子一つ一つの挙動に着目した、粒子速度分布関数データの取得に焦点を当て、運動論的な観点での解析を達成するツールの開発を考えた。

 従来の3次元衛星プラズマ環境シミュレーターであるEMSESでは、粒子・電磁場間で情報を更新しあうPIC法を用いて、シミュレーション空間全体を計算している。そのため、局所的な部分での粒子速度分布を得るにも空間全体で多量の粒子が必要となり、計算コストの無駄が多かった。よって本ツールでは、粒子情報を電磁場にフィードバックせず、粒子運動の計算を解き進めるテスト粒子解析手法と、平衡状態のプラズマが従うとされるマクスウェル速度分布式とを用いて、未知の粒子速度分布関数の取得を試みた。これにより、必要な粒子データのみを効率的に取得しつつ、速度分布を以前より精密な連続関数として形成することが可能になった。  開発したツールは、EMSESより得た3次元電磁場データを用いて粒子計算を行い、シミュレーション空間中での粒子速度分布関数や粒子軌跡を取得する。すなわち、過去のデータと組み合わせて新規のデータを取得するアシストツールとしての側面を持つ。

 このツールを実際に、月面磁気異常上空を想定したEMSESシミュレーションに応用し、速度分布関数・粒子軌跡データを用いてイオン粒子反射の様子を確認した。これにより、本ツールが、過去のデータのみでは考察が難しかった新たな物理解析への足掛かりとなることを示した。

開発ツールの位置づけ

開発ツールの位置づけ

開発ツールの応用例

開発ツールの応用例

磁化プラズマ中のダスト粒子ウェイク構造に関する粒子シミュレーション開く

宇宙空間にはダスト粒子と呼ばれる小な粒子が大量に存在している。また宇宙空間はプラズマと呼ばれる原子や分子が電離した電子、イオンに満たされている。よってダスト粒子は電子またはイオンと衝突することによって正または負に帯電し、電気的な性質を帯びる。大量に存在するダスト粒子が電気的な性質を持つことで起こりうる現象を解明するためには個々の粒子に注目し挙動を理解することが不可欠である。よって本研究では磁化プラズマで満たされた宇宙空間においてダスト粒子の背景に構成されるウェイク構造についてスーパーコンピュータを用いた粒子シミュレーションにより解明することを目的とする。  プラズマ中を移動するダスト粒子の後方には電子、イオンの密度の多寡により電気的な振動が発生することがわかっており、この振動はダストの持つ電位が大きければ大きいほど強いものとなるが磁化プラズマ中においては磁場に垂直な方向の振動は抑制される。また、プラズマフローの方向と磁場の方向が同一である場合、ウェイク構造は軸に沿って対象なものとなる。本研究ではPIC法を用いた3次元空間シミュレーションに加えて、テスト粒子シミュレーションを行うことでより定性的な理解を目指し、イオン粒子のダスト後方への回り込みや電気的振動に対するプラズマ荷電粒子の応答を理解できる結果が得られている。

ダスト周囲の流れ

ダスト周囲の流れ

地球低軌道衛星近傍の電位および電子密度構造に関する粒子シミュレーション開く

地球低軌道と呼ばれる地球から高度 500~2000km の範囲では、気象観測や情報通信などを目的としたさまざまな人工衛星が周回している。本研究では人工衛星 Norsat-1を取り上げ、この領域における宇宙プラズマと衛星の相互作用を明らかにするために衛星環境シミュレータ“EMSES”を用いて衛星付近のプラズマじょう乱に着目したシミュレーション及び解析を行った。低軌道プラズマ空間を再現したシミュレーション領域に衛星Norsat-1を模した導体を設置し、衛星近傍の電位及びプラズマ密度分布について解析を行ったところ、シミュレーション結果から電位及び電子密度分布において衛星を中心に非対称性が見られ、この非対称性について理解するため、今回は衛星近傍の粒子の動きを詳細に調べることを目的とした。この非対称性の依存性について調べたところ、磁場の存在による個々の粒子の様々な運動や衛星 Norsat-1の特徴ある形状によりこの非対称性を生むということも明らかになった。また衛星近傍の電子の動きを確認するために電子電流密度データを用いて解析を行った結果、電子のジャイロ運動が関係していることも分かった。さらに電子のミクロな動きを確認するために粒子速度分布関数ソルバーを用いて粒子の軌道及び速度分布を取得し解析したところ、一部の電子がジャイロ運動をすることで衛星近傍の電子及び電位密度分 布に影響を与える可能性があるということが予想できた。今後はさらに解析を進め、この非対称性を理論的に証明することを目指している。

衛星近傍の電位分布

衛星近傍の電位分布

粒子速度分布及び粒子軌道の可視化

粒子速度分布及び粒子軌道の可視化

イオン成膜用粒子ビームシミュレーターの実用化に関する研究開く

イオン成膜は、強い密着力と低温での成膜が可能という特徴を有し、現在は工具、金型、装飾品などの分野で活用されている。
イオン成膜技術のひとつであるArc Ion Plating(AIP)法では、固体材料を真空アーク放電によりチャンバー内でイオン化した上で、それを電気的に輸送し、コーティングを行う対象物に堆積させることでその表面に皮膜を形成する。このイオン化した材料の輸送効率を上げ、かつ、不純物を取り除く目的でAIP装置内部には複雑な形状の磁場が印加されている。このような磁場空間内における荷電粒子の挙動を理解するために、計算機シミュレーションを用いて、荷電粒子の挙動に関する解析を行っている。
このシミュレーションは計算コストが高く、活用できるモデルが限られているため、新たに低計算コストシミュレーション手法の開発を進めた。この手法を用いて、従来の手法では計算が不可能であった3次元の印加磁場空間内における荷電粒子の挙動に関するシミュレーションを行い、さらなる解析を進めている。

シミュレーション結果の可視化

シミュレーション結果の可視化




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